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執筆&インタビュー

連載「我が偏愛のピアニスト」/「ムジカノーヴァ」 2008年4月号


  第10回 花房晴美さん(後編)

   花房晴美さんの天才少女ぶりは、桐朋の音楽教室時代からつとに知られていた。小学校3年生のときの試験では、30周年記念リサイタルでもプログラムに入れたモーツァルト『デュポール変奏曲』を弾き、最高点をとる。当時の音教はバリバリ弾く、がモットーだったが、花房さんは音の美しさで評判になったのだという。
  小さいころから感性の鋭さはきわだっていた。とりわけ香りには敏感で、お香をたいたり、花の香りが気になったり、逆に生理的に受けつけないものには拒絶反応を示した。
  音楽に対しても独自の美意識をもち、クレッシェンドと書いてあるところをディクレッシェンドで弾いてしまったりする。厳しい指導で知られる井口愛子先生に師事していたが、さすがに名伯楽で、他の生徒さんとはまったく扱いが違っていた。試験の前には細かい指導はせず、「あなたは勝手に弾いてきなさい」と言われるだけ。花房さんは豊かな個性の持ち主だがとてもすなおな性格だったので、「ミスをしないで」と言われればその通りにしようと努力する。ところが、それではつまらない演奏になってしまう。井口先生は、この子は型にはめないほうがいいということをよく知っていらしたのだ。
  本は大好きでたくさん読んだ。好奇心が強く、いろいろな人の人生に興味があったので、伝記を中心に読んでいた。中学生のころからそこに文学作品が加わる。ピアノの練習をしながら、譜面台に本をのせて同じ小節ばかり弾いている。音が鳴っているから練習しているのだろうと思ったお母さまから、休憩してもよいと言われると、ソファに寝ころがってまた読みつづける。このあたり、かのマルグリット・ロンも同じようにして本を読んでいたと告白しているエピソードを思い出した。
  桐朋の高校を卒業後、フランス政府給費留学生試験に合格してパリ音楽院に留学。そのころは、大学を二年で中退して留学する人が多かったので、まわりはみんな年上。何しろ給費生だから、成績優秀で生活態度もまじめであることを求められる。花房さんはひらめき型で、試験の前だけはちゃんと勉強するが、あとはあまり熱心に練習しない。指導教官のサンカン先生もあきれて、そんなことでは給費を打ち切るぞとおどかされたり、大変だった。しかし、試験になるとすばらしく弾くので、先生も何も言えなくなってしまう。
  もともとパリ音楽院の「コンセルヴァトアール」というのは「保持する」という意味の「コンセルヴェ」からきている。伝統を後世に伝えていくのが目的だから、解釈はとても保守的。試験でよい成績をとろうと思ったらそれなりの弾き方というものがあるが、花房さんはそこからはずれている。

  人気マンガ『のだめカンタービレ』には、即興的に自由奔放に弾き、作曲もする学生がパリ音楽院の試験で「あばれすぎて」審査員の顰蹙を買うというシーンが出てくるが、花房さんも卒業試験のとき、一等賞(複数。パリ音楽院では一等賞のみが卒業できる)中の一等賞ともいうべき「第一位指名」がもらえなかった。そうしたらサンカン先生が、官僚的な演奏をしてもピアニストにはなれない、むしろそのほうがよいのだとなぐさめてくださった。実際に花房さんは、1976年にシフラ国際コンクールで第二位を受賞するとともに、「聴衆が選ぶもっとも気に入ったピアニスト」に選ばれている。
  前年の75年にはエリザベート王妃国際コンクールで新曲の協奏曲に対する作曲家賞を受賞。77年1月に「若い芽のコンサート」でグリーグの協奏曲、ショパン協会例会でリサイタルを開いて輝かしいデビューを飾った。
  私が花房さんに注目したきっかけは、2006年に聴いた矢代秋雄の『ピアノ協奏曲』だ。矢代秋雄は、普通はアカデミックで古典的な作風だと思われているが、実はギュスタヴ・モローの絵やリヒャルト・シュトラウスの音楽を好む耽美派なのである。花房さんは、矢代のテクスチュアからグロテスクな影の部分をひきだし、独特の陰影をもって演奏していた。昔から人間心理の光と影に興味があったという花房さんならではの解釈である。
  30周年記念演奏会でも、たとえばショパン『葬送ソナタ』の終楽章、「墓の上を風が吹く」のたとえにふさわしい疾走するクロマティシズムの奏出が見事だった。人の心には葛藤がたくさんあり、ショパンだって人間性のイヤな部分というものは当然あるだろう、それも含めて「美」なのであり、そういうところを表現していきたいと花房さんは言う。
  しかし、ショパンはロマンティックな美しい音楽だと思っている聴き手を説得させるのは容易ではない。30周年記念演奏会を終えた今、花房さんがあらためて思ったのは、グロテスクの美にせよ、即興性にせよ、既成概念をくつがえすためには有り余るほどのテクニック、気力、体力、エネルギーが求められるということだ。
  譜面を深く読みこむことと即興性は両方必要で、本番前の緊張の中で譜面がまた違って見えることもある。その場の感興を十全に伝えるために、すべてにわたって容量を増やす努力をしていきたいという。

  花房さんでとてもよいと思うのは、ポゴレリッチやアファナシェフにも通ずるような特異なセンスをもちながら、ご本人はとても精神的に健康だということだ。怨念のもの、情念のものが好きなので性格もネクラだと思われがちだが、本当にネクラだったらそんな曲は弾かない、と花房さんは笑う。
  花房さんが健全な精神をそなえているのは、お母さまの教育が大きかったようだ。教育熱心ではあったが、いわゆるステージママではなく、すべてをピアノに捧げるという人生には否定的だった。朝食など、あらゆる栄養を盛り込んでつくる。それを全部食べないと学校にも行かせてもらえないので必死で食べる。その食生活が、細身ながら演奏活動に耐えられる丈夫な身体をつくってくれたのだろう。
  花房さんの世代は、まだまだ結婚生活は演奏活動にさしつかえるという考え方が主流だった。パリ音楽院のサンカン先生からも、まずキャリアを確立してから、ステップアップに役立つ指揮者や作曲家と結婚しなさいと言われたものだが、お母さまは、ピアニストである前に一人の人間として生きるべしという主義で、結婚を強くすすめられたという。
  ご主人は弁護士さんでお互いに忙しく、すれ違いの生活だが、栄養と健康面に留意し、少しの時間でもいっしょにいられるように気を配っている。
  最後に、ほほえましい(というか、仰天する)エピソードをひとつ。30周年記念演奏会を控えた2007年の夏休み、花房さんは休暇をとったご主人につきあってケニアに旅行した。もちろん興味深い国だが、よりによって大事な演奏会を控えた夏休みにピアノのない生活を強いられた花房さんは、日本の楽器店に電話をかけ、私が帰るまでにスタンウェイを一台届けておいてちょうだい、と注文したという。花房邸にはすでにグランドが4台もあるのだが、その上にもう一台! しかも試弾もせずにポンと買ってしまうあたり、花房さんの経済的「容量」にも驚かされる。
  今は数少なくなった本当にピアニストらしいピアニストだ。

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