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執筆&インタビュー

連載「6本指のゴルトベルク」/岩波『図書』 2008年1月号


  第19回 音楽のもたらすもの

  私はドビュッシー研究家ということになっているが、実は作曲家ではベートーヴェンがダントツに好きである。なぜか?
  彼ほど緊密に作曲した人はいないから。
  ベートーヴェンの音楽のつくり方というのはあんこう鍋みたいなもので、まったく捨てるところがない。骨も皮もプリプリのゼラチン質も全部使いきってしまう。
  モーツァルトやシューベルトに比べるとベートーヴェンは着想が豊かなほうではなかったと思うが、なけなしのモティーフを原型をとどめなくなるまで解体し、有機的に使いきる手腕はものすごいものがある。
  ちなみに無駄使いの代表例はドヴォルザークで、「彼がゴミくず箱に捨てた旋律を拾えば、ふつうの作曲家ならいくつも交響曲が書けてしまう」と皮肉られている。ベートーヴェンの仕事部屋のくず箱には八分音符ひとつ残らないだろう。
  というわけで、ベートーヴェンの音楽は弾くほうも緊張する。普通の作曲家のように「埋め草」といって、主要モティーフと和声のすき間を充填するためにわりとどうでもいい素材をもってきたりしない。ベートーヴェンの場合は、「埋め草」ですら主要モティーフのなんらかの変形なので、まったく気がぬけないのである。
  いつかテレビで、小さな箱をひとつひとつ山形に積み、どこまで高く積みあげられるかを競うゲームを見たことがある。山が高くなればなるほどほんの少しの振動でもくずれてしまうから、箱を乗せる場所、バランスとタイミング、力のコントロールなどすべてに気を使う。
  ベートーヴェンを弾いているときの気分がそれと同じである。すべての音に何らかの意味があり、ひとつでもおざなりにすると、それまで積み上げてきた大伽藍が崩壊してしまうような恐怖に襲われる。その恐怖がまた快感だったりするのだけれど。
  ジェイムズ・エルロイのハードボイルド『レクイエム』(浜野サトル訳、ハヤカワ文庫)に登場する私立探偵、フリッツ・ブラウンは、大のベートーヴェン・フリークである。彼がベートーヴェンに出会ったのは二十一歳のときで、庭師のアルバイトをしている最中、家の中から聞こえてきた『交響曲第三番・英雄』に打ちのめされた。
  そのとき彼は州立大学の一年生で、少し前に両親を亡くしたばかりで、何をして生きていくか皆目見当もつかなかったが、『英雄』の第一楽章を聴くうちに、希望と忍耐が宿るのを感じた。
  そこで彼は音楽家をめざしたのかというと、そうではなく、大学をやめて警官になったのである。「下層の官吏として権力をふるい世を取り締まることに」想像を絶するほどの情熱をおぼえたからだった。そして、警官になってからはアルコールにおぼれ、存分に警官風を吹かせたが、あるふるまいがきっかけで退職に追い込まれた。
  『英雄』は、フランス革命後の混乱を鎮め、共和制を敷いたナポレオンに共感したベートーヴェンが、ナポレオンに捧げるつもりで書いた交響曲である。しかし、ナポレオンが皇帝に即位し、自分がもっとも嫌っていた専制的な君主になり下がったことを知ったベートーヴェンは、「ボナパルト」というタイトルを「エロイカ(英雄)」に書きかえてしまった。ベートーヴェンにとっての「ヒーロー」は決して独裁者ではなかったわけで、フリッツ・ブラウンは作曲家の真意をはきちがえていたことになる。
  事件を通して知り合い、親しくなったチェリストのジェーンは、彼に手紙を書く。
  「もう少し穏やかな音楽を聴けば、それがあなたの力になってくれるでしょう。ベートーヴェンやロマン派の音楽は、暴力を内に秘めた人の激しい感情を呼びさましがちなものです」
  しかし、ジェーンは知らない。私立探偵のブラウンは、事件の謎解きというパズルを完成させるために必要なピースを埋め込んでいく過程で、緻密に組み立てられたベートーヴェン音楽の助けを必要としていたのだ。

  いっぽうトルストイの『クロイツェル・ソナタ』(岩波文庫)では、ベートーヴェンの音楽は、悪と罪、肉欲と嫉妬を助長させる恐ろしい道具として使われている。
  二昼夜にわたる長い汽車の旅、語り手は車室で同席した白髪の貴族から思いがけない打ち明け話をきかされる。
  彼は殺人者だった。
  貴族の妻は、五人の子を生んだのち健康上の理由で医者から妊娠を禁じられ、若さをとりもどしていた。身なりに気をつかうようになり、社交生活を復活させ、長らく放擲していたピアノのけいこも再開した。
  夫婦仲は冷えきっていて、妻は何度も家出し、自殺騒ぎを起こしたぐらいだが、それでも夫は優美で魅力的な妻が他の男の目をひくのを見て、心おだやかではない。
  そこに、一人のアマチュア・ヴァイオリニストがあらわれる。
  「微笑を含んだ赤い唇、油をてかてかつけた鼻髭、最新流行の刈込をしたアタマ、婦人たちのいわゆる『好いたらしい』といったような厭らしさをもった綺麗な眼、醜くはないが弱々しい体格、そしてまるで女のように臀部が特に発達していました」 という風体の遊び人ふうの男は、トルハチェーフスキーという名だった。
  以前から彼を見知っていた貴族が妻に紹介すると、話題はすぐさま音楽に移っていった。室内楽が大好きな妻は、トルハチェフスキーが伴奏してくれないかと頼むととても嬉しそうにした。貴族は、彼女の眼が異様な輝きをおびるのを見たように感じた。ヴァイオリニストと妻の間に、一種の電流のようなものが通いはじめたように。
  実際に二人の間に何ごとかが起きたのか、すべては嫉妬の感情からくる思い込みなのか、一切は不明だが、音楽のもつ強烈な魔力が貴族の疑惑をかきたて、妄想を増幅させ、恐ろしい結末に向かってつき進ませる。
  妻とトルハチェフスキーは早速モーツァルトのソナタを合奏する。ヴァイオリニストのほうがはるかに腕前が上なので、妻を助け導き、よいところを認めてはげます。ここで大事なのは、彼らは何度か会い、親しくなったのちに合奏をはじめたのではないということだ。初対面から、いきなり音楽なのである。これはとてもまずい。貴族は、二人が「自分たちの位置や社会の節制を乗り越えて」ある密約を結んでしまったことに気づく。
  じゅうぶんに室内楽を楽しんだ即席デュオは、日曜日の音楽夜会でそれを披露することになる。選んだ曲目は、ベートーヴェンの『クロイツェル・ソナタ』。
  「あなたは最初のプレストをごぞんじですか?」と貴族は語り手に問いかける。荘厳な序奏のあとにつづく第一楽章プレストのことだ。ひきちぎるようなヴァイオリンのパッセージに、ピアノは負けじと打楽器的な和音や細かい走句で応える。いきなりエンジン全開、みたいな曲想で、弾くほうも聴くほうも息もつけない。
  「あのソナタは実に恐ろしい曲です。殊にこの初めの部分が・・・それに全体として、音楽というやつは恐ろしいものです!(中略)音楽は霊魂を高めるような働きをする、と人はいいますが、それはノンセンスです、でたらめです! 音楽は恐ろしい作用をします」
  音楽は霊魂を高めも低めもしない、ただ魂をいらいらさせる働きをもっているのだ、と貴族は主張する。音楽は自分を忘れさせ、自分の位置を忘れさせる、人間を駆り立ててどこか別のところ、異次元空間に連れて行ってしまう。

  作曲家と聴衆の間に立って、音楽の「恐ろしい作用」を伝搬させるのが演奏家の役目だ。エクスタシーの指揮者、バーンスタインはドキっとするようなことを言っている。
  「これはこれで、ひとつの大いなる愛の行為なのです。しかも不思議なのは、それがどこで起ころうと、人生で最も濃厚な愛の行為となることです。そして、それは何百人もの人々を巻き込みます。何百人もの人々と呼吸をともにし、脈拍をともにするのはすばらしい。彼らが感情を共有し、特別な何かが起こりだすと・・・時々、もうたまらなくなる」(『マエストロ』)
  ホロヴィッツはもっと単刀直入だ。
  『ホロヴィッツの夕べ』の著者デヴィッド・デュバルが、聴衆のためにスクリャービンの『ソナタ第五番』を弾きながら、あなたは何を考えているのか? と尋ねたところ、ホロヴィッツは声高らかにこう答えたという。
  「連中をヤリたいのさ」
  ホロヴィッツの手にかかると、ハイドンの端正なソナタですら船乗りを誘うセイレーンの歌になる。
  「この恐ろしい武器が、誰彼の差別なく手に入れられるのです!」と『クロイツェル・ソナタ』の貴族はつづける。
  「いったいあれをデコルテ(胸や腕をあらわにした夜会服)を着た婦人たちの間で、普通の客間の中で弾いてもいいものでしょうか? あのプレストを弾いて、後でお客の相手をし、それからアイスクリームを食べたり、新しい市井の風評を語り合ったりしていいものでしょうか?」
  夜会は大成功に終わったが、二日後、妻をおいて旅に出た夫は狂おしい嫉妬にとらわれる。そういえばあの二人は、『クロイツェル』のあとで何か小品を弾いていた。卑猥なまでに情熱的な曲だった。音楽を通して語り合う二人の間にはもはや何の障壁もないように、夫には思われた。妻の顔には羞恥の色さえ見えたではないか。
  やもたてもたまらなくなった彼は家に飛んで帰り、夫の留守中に密会していた−−実際には、ただ合奏や食事を楽しんでいただけなのだろうが──男女を発見する。
  そのとき二人の顔にあらわれた「物狂おしい恐怖」が、すべてを証明していた、と貴族は語る。ヴァイオリニストはすぐ逃げ出そうとし、そのまま立ち尽くした。妻の顔には、恐怖よりも落胆の表情が浮かんでいた。歓楽を乱され、幸福を妨げられたことへの落胆。
  こうした表情は一瞬で消え、男は媚びるように「今、わたしたちは音楽をやっていたところなんですよ・・・」と言い、妻は「まぁ、思いがけないこと・・・」言いかけた。しかし、ベートーヴェンの音楽によって駆り立てられた破壊と暴力と狂憤に身をまかせた貴族は、みなまで言わせず妻に跳りかかる。

  少しずつ変化させたモティーフでたたみかけていくベートーヴェンと同じように、トルストイも貴族の心理を絶え間なく変化させ、クレッシェンド(だんだん音を大きくする)とアッチェレランド(だんだん速度を上げる)をかけて昂進させる。そしてクライマックス。ついに妻をとらえた貴族は、隠し持っていた匕首を脇腹深く刺しこむ。
  ここで私は、ふたたび『レクイエム』のジェーンの言葉を思い出すのである。もう少しおだやかな音楽を聴きなさい、と彼女は忠告したのだった。ベートーヴェンの音楽は「暴力を内に秘めた人の激しい感情を呼びさましがちなものです」。
  トルストイの小説を夢中になって読み、殺された妻にいたく同情したのが、チェコの作曲家ヤナーチェクである。彼は「妻に対する男性の専制」に抗議するため、その名もズバリ『クロイツェル・ソナタ』という弦楽四重奏曲を一週間で書き上げた。
  ロシア文学に精通したヤナーチェクには、他にもゴーゴリにもとづくシンフォニエッタ『タラス=ブーリバ』や、ドストエフスキー『死の家の記録』にもとづくオペラなどがある。
  ところで、文豪トルストイ自身も音楽を愛し、定期的にピアノのレッスンを受け、作曲もしていたことをご存じだろうか?
  現在残っている唯一の作品は『ワルツヘ長調』で、『クロイツェル・ソナタ』の悪魔性などみじんも感じられない、しゃれたサロン風の小品である。作曲家兼ピアニストであり、ノーベル賞候補にもなった詩人で小説家・・・でおまけに豊満な美女というスーパーロシア人、レーラ・アウェルバッハのピアノでCDに収録されている。

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