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執筆&インタビュー

連載「ドビュッシーとの散歩」/『音遊人』  2008年2月号

  第12回 雨の庭

  ドビュッシー『版画』の第三曲「雨の庭」を弾いていると、思わず知らず和田アキ子がシャウトする次の歌詞を口ずさんでしまいたくなる。
  どーしゃぶりーいの雨の中で・・・・
  「雨の庭」の左手に出てくるミーファ♯ソラソファ♯シというメロディが何となく似ているからだ。
  ついでに、オーヤンフィフィの『雨の御堂筋』の「ミーミミッ、ファ♯ファ♯ファ♯ファ♯ッ、ソッソッソファ♯ミーファ♯〜〜〜」のメロディラインも想起させる。
  ああー、雨といえば、八代亜紀の歌う「あーめぇあーめぇふぅーれーふぅーれ、もっっとふぅーれー・・・」好きだったなー(以上、歌謡曲大好きの青柳でした)。
  ドビュッシーの「雨の庭」はしかし、日本の歌謡曲の雨のようにどしゃぶりだったりじとっと湿ったりしていない。いかにもパリの街の石畳の上に降るのにふさわしいような、からんとした雨である。
  そういえば、雨が降ってもパリっ子たちはほとんど傘をささない。折り畳み傘を持っているのに、わざわざびしょぬれになって待ち合わせ場所に立っていたりする。何となく、「春雨じゃ、濡れてゆこう」のせりふのようだ(ついでに、ちゃんばら映画も大好きで、いちばん興味がないのがジャズと洋画である)。
  ドビュッシーの「雨の庭」の中間部には、フランスでは誰でも知っているという童謡「もう、森へ行かない」のフレーズが使われている。
  「もう森へ行かない、なぜならお天気がとても悪いから」
  作曲していて、表の通りから聞こえてきたポピュラーソングをちゃっかり曲の中に組み込んでしまったのはモーツァルトだが、ドビュッシーだって、そのあたりのお遊びはちゃんとこころえている。
  実は、ドビュッシーはごく若いころ、この「もう森へ行かない」を使ってもう一曲ピアノ曲を書いている。長い間未出版だった『忘れられた映像』の第三曲だ。
  「雨の庭」が、奥ゆかしく右手のゆったりした旋律でこの童謡を出しているのに対して、『忘れられた映像』の第三曲はものすごいアップテンポの中で元気よく出してきて、それを何度も何度もさまざまに変形して使っている。いわば、「もう森へ行かない」パラフレーズともいうような。
  作曲されたのは一八九〇年で、ドビュッシーが当時ひそかに心を寄せていたイヴォンヌ・ルロール嬢に捧げられている。このイヴォンヌの父親は、ドビュッシーの庇護者だった作曲家のショーソンの義弟で、有名な画家だった。当然、画家とのつきあいもあり、イヴォンヌの姿は、ルノワールやモーリス・ドネの絵にもとどめられている。
  といっても、銀行のポスターにもよく使われるルノワールの絵ではとてもふくよかな娘さんだが、モーリス・ドネの絵では九等身ぐらいのスレンダーな美女。いったいどちらが本当の姿に近いのか、よくわからない。
  『忘れられた映像』の第一曲はゆるやかでメランコリックな作品、第二曲は「サラバンド」。楽譜を弾いてみた人は、おやっと思うにちがいない。『ピアノのため』の「サラバンド」と寸分違わぬ曲なのだ。いや、たった一カ所違うところがある。冒頭の和音の連続の中の音が微妙に異なっていて、背中がよじれるような奇妙な響きがする。
  のちに『ピアノのために』を出版したとき、ドビュッシーは第二曲「サラバンド」をルアール夫人という人に献呈した。何をかくそう、このルアール夫人こそ、「サラバンド」第一ヴァージョンを捧げられたイヴォンヌの結婚後の名前だったのだ。
  そんなことを考えながら弾くと、この典雅な「サラバンド」もにわかにしみじみした過去の思い出に満ちてくる。
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