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第6回 廻由美子さん(後編)
1984年4月10日、廻さんはイイノ・ホールでのリサイタルでセンセーショナルなデビューを飾った。プログラムの前半はパーカッショニストとピアニストを招いて、バルトーク『2台のピアノと打楽器のためのソナタ』。ん? リサイタルなのに室内楽? 後半はバルトーク『ミクロコスモス第6集』とリスト『ハンガリア狂詩曲第12番』。
公演前に「新人ピアニスト」としてインタビューを受けると、判で押したように「なぜこんな変なプログラムでリサイタルを開くのか、とても損だ」と言われたという。
80年デビューの私も経験していることだが、当時の楽壇(今はこんな言葉も死語になっている)はまだまだ保守的だった。固定観念と戦っていくのは大変なことだが、最終的には好きなことをやるしかないと廻さんは腹をくくった。そして23年たったこんにちでは、そのやり方が見事にスタンダードになっている。
デビュー・リサイタルも成功し、ベルギーやハンガリー、韓国でも招かれて演奏。以降のリサイタルも何度も『音楽の友』年間ベストテンに選ばれるなど、普通なら引く手あまたになるところだが、廻さんは頑としてアンチ商業主義を貫く。
演奏で食べていこうとか普通の意味で名前を売りたいという意識はない、自分でそう思った時点からくずれてしまう、と廻さんは力説する。もちろん、演奏依頼を受け、各地で多くのステージをこなす活動形態はすばらしいと思うが、自分はもっと自由でありたい。
「私には動物的カンがあって、自由な感覚が束縛されそうな気配を感ずると、ひゅっと身をかわすの」と廻さんは言う。コマーシャリズムに乗ると、どこに行っても同じような表現を求められたり、こうすればお客さまがよろこぶとかわかってしまったりする。そうするとまた違うことになるような気がする。
93年からはCDの活動が始まった。きっかけとなったのは85年のリサイタルのテープで、ハイドンの『ソナタヘ長調』を聞いたレコード会社のディレクターが、その圧倒的なエネルギーに魅せられ、彼女で是非アルバムをつくりたいと思ったという。
収録曲選びでも廻さんはユニークだ。ハイドンのアルバムのあとはブルース・スターク作品集、バッハ『トッカータ集』、かと思えば、1850年代のピアノを使ってショパン『マズルカ集』。お得意のバルトーク・アルバムのあとはスカルラッティの『ソナタ集』、モーツァルトの最後のソナタ5曲、ベートーヴェン『エロイカ変奏曲』、シューベルト『さすらい人』。最近では、たった一台のピアノで弾いているのに極彩色で圧倒させられるストラヴィンスキー『火の鳥』・・・。
そのときそのときで「あっ、ここはこの曲だな、今はこの曲だな、とわりといいものをつかめてきたかなって思う」と語るが、あまりに多岐にわたるため、周囲からは「いったいあなたは何が専門なのですか?」ときかれることしばしばらしい。
「でも、専門っていうのは本当にしぼれない。しぼっていたらかえって見えにくくなってしまうと思う。ショパンの中にもいろんな作曲家がいる。あっ、ここはベートーヴンからきたなと思うとそれを弾きたくなる。バッハを弾いていると、ここからたくさんのロマンティックな作曲家に発展して行ったなというのがわかり、うれしくなってしまう」
以前、廻さんのエッセイを読んでうなったことがある。バッハ『トッカータ集』のレコーディング準備をしているころで、「『マタイ受難曲』『ヨハネ受難曲』『ロ短調ミサ』を新たに聞き直したり、ピアノとチェンバロをかわるがわる練習したり、ブリッュセルの図書館から譜面を取り寄せたり」と書かれている。廻由美子は自由奔放なピアニストだと思っているファンには信じられないかもしれないが、実は地道な勉
強をするのである。
音楽はいつも空気中に漂っているというのが廻さんの持論だ。楽譜を見ているときも、音楽は宙にただよっている。それをすくいとって音にしていく感覚がおもしろい。
ジャズのミュージシャンから、クラシックは楽譜があるから楽でいいと言われたり、逆に楽譜があるのにどうして創造性を発揮できるのかと問われることがある。もちろんテキストは大事で、だからこそ自筆譜の研究もするのだが、楽譜というのは抽象的な概念にすぎず、具体的なものでは決してないという感覚が、常に廻さんの中にはある。
音楽自体が究極の抽象で、とても楽譜などに書けるものではない。楽譜は音楽という巨大な氷山の一角にすぎない。「ミ」と書いてあったにしても、やっと「ミ」とか書いただけの「ミ」なんであって、音楽のキモの部分は最後までは書ききれていない。そのことがわからないともっと奥にはいって行けない、と廻さんは力説する。
廻さんの数あるディスクでとくに感心したのはベートーヴェン『エロイカ変奏曲』だ。古典音楽の約束ごと、文法はきちっとおさえているが、いわゆるテキストの逐語訳的な演奏ではない。伝わってくるのは、音楽する喜びにあふれているベートーヴェンの魂だ。
廻さんは、この録音からベーゼンドルファーを使っている。バスが豊かで音のひろがりがすばらしいからだという。
「何かの機会にインペリアルを久しぶりに弾いたら、『好きだな』って思った。海みたいな感じがあったのと、パノラマがぱっとこう開ける感じ。ちょっと打てばひびかないのピアノなので、そこのところがいいかなと思った。すこし考える時間、聴く時間、『景色をみる時間』を自分にくれる」
スピーディでキレのよい廻さんのピアノにある種のゆとりが生まれるようになったのは、ベーゼンドルファーを使いはじめてからか。
ショパンのマズルカでは、ウィンナー・メカニックの楽器を弾いた。シングルアクションだからコントロールがむずかしいんじゃないですか? ときくと、彼女は笑顔で返す。「ピアノって耳じゃないですか。自分のほしい音が出ればそれは軽いピアノなんで・・・重くないっていうか」
久しぶりにステージ活動を再開した廻さんは、9月にはNHK−FMに出演したし、
10月にはナミ・レコードからリサイタルのライヴ録音がリリースされ、名古屋でのコンサートも予定されている。でも、「今後の予定は?」ときくと、こんな答が返ってきた。
「今、ワーグナーがマイブームなんですよ。ただただ聴いているだけですばらしい。ワーグナーを身体の中に入れていくと、音楽が別の方面から見えてきて、ヨーロッパの音楽の変遷を実体験できる。すごく生理的な音楽で、細胞で聴くべき音楽だと思う。マイブーム長くなりそうで、困ってるんですヨ。だって、時間かかるでしょ?」
こんなに音楽にあふれた魂をそなえたピアニストを深く静かにはぐくんでいる日本のピアノ界は、本当に豊かだと思う。
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