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第15回 ヴァイオリンの魔
都内のあるサロンで、おもしろい聴体験をした。
出演は某音大附属高校で客員教授をつとめる外国人ヴァイオリニストとその生徒たち。前半は先生のリサイタルで、ベートーヴェンやフランクのソナタを熱演した。
短い休憩をはさんで、後半は生徒たちの演奏。最初にモーツァルトの協奏曲を弾いた女生徒のヴァイオリンを聴いたとたん、えっ? と思った。もちろん演奏はまだまだ若くつたないものだが、音色がとびきり美しいのである。
音じたいは、むしろ先生の演奏のときよりもよく鳴っているような感じがするし、澄んだ透明な響きがしている。
終演後のパーティで謎が解けた。モーツァルトを弾いた生徒さんの音が好きでした、と告げると、先生は「あの子はグァルネリを持っているんですよ。ピエトロのほうですけどね。ご両親がお金もちで彼女は一人っ子で、とても運のいい生徒です」とおっしゃった。
高校生でグァルネリ?! 私は目をむいた。
グァルネリは十七世紀から十八世紀前半にかけてクレモナで活躍した制作工房で、ジュゼッペ・デル・ジェスが代表的だが、ピエトロだって、かのストラディヴァリウスやガダニーニを生んだアマティの流れを汲む銘器なのだ。
ご存じのとおり、ヴァイオリンはとにかく値段が高い。子供のころは小さなサイズの楽器ですむが、小学校高学年になるとそろそろフルサイズを・・・と先生や楽器屋さんから打診される。ウチの娘はまったくの趣味にもかかわらず、モダン・イタリアで三百六十万ぐらいしたように記憶している。私がレッスン用に使っているピアノの三倍だ。
娘が通っていた音楽教室でも、いろんな噂をきいた。小学生でもウン千万の楽器をもっている子がいるとか、ある程度のお値段の楽器を用意しないと音高受験はおぼつかないとか。そのときはあまり実感が沸かなかったが、今回「先生よりよい音」で弾く高校生を聴いて、あらためて楽器に左右されるヴァイオリン演奏の恐ろしさを認識させられたものだ。
帰りの電車で、サロンのお客さまの一人と一緒になった。その方は楽器商で、モーツァルトを弾いた生徒のグァルネリも世話したのだという。さらに驚くべきことには、偽ヴァイオリン事件で問題になった芸大のガダニーニを地検の依頼で鑑定したのもその方だという。
ガダニーニ事件といってもピンとこない人も多いだろう。一九八一年秋、芸大が備品として購入したガダニーニに偽物疑惑が浮上、納入業者が詐欺罪で東京地検特捜部に逮捕された。取り調べの過程で、選定に便宜をはかった謝礼として、業者があるヴァイオリン科の教授に数十万円相当の弓を贈っていたことや、当該教授の学生に楽器を斡旋した際にリベートを支払っていたことが判明した。収賄容疑で逮捕された教授は執行猶予つきの実刑判決を受けて芸大をクビになり、業者も自殺するなど大変なさわぎになった。
私は、実際のところどうだったんですか? ときいてみた。すると楽器商さん、オールド楽器の真贋の鑑定はそう簡単につくものではありませんと前おきした上で、鑑定書が二通あって、一通はたしかにニセモノだが一通はホンモノだったという事実を打ち明けた。しかし当時は、その教授の名声が禍してマスコミのかっこうの餌食となり、業者側が何を言ってもニセモノ報道が先行してしまったのだという。
この場合、私立の音大の先生なら何の問題もなかったのだが、教授の場合は国立大学の専任で、国家公務員だった。もちろん、彼にはその自覚が足りなかったし、ガードが甘かったと言われても仕方がない。しかし、それにしても・・・・。
篠田節子『マエストロ』(角川文庫)は、この事件を下敷きにしている。といっても、主人公の神野瑞恵は、ガダニーニ事件の教授のように実力と人気を兼ね備えた弾き手ではない。腕前は「一流半」だが、美しい容姿を買われて宝石会社のイメージキャラクターに採用され、六千万円のピエトロ・グァルネリを与えられ、三百万円のダイヤモンドをつけてCMに出演し、会社の全面的バックアップによるステージで演奏している。いわば作られたアイドルだ。
瑞恵自身もそのことをよく知っていて、絶えず苦痛を感じている。
「技巧も音楽的理解も、問題はないが、何かが足りない。それが何なのかわからない。高校を卒業するときには、すでに不安にさいなまれていた。そんな瑞恵を数年後、無理やりステージの中央に引っ張り出し、ライトを当ててしまったのが石橋俊介だった」
宝石商の石橋は、瑞恵が出場して第三位を得た国内コンクールで彼女に目をとめ、援助を申し出た。以来七年間、瑞恵は石橋が提供した完全防音の高級マンションに住み、彼との関係を受け入れている。
もともと瑞恵は、ヴィヴァルディやコレルリなどイタリアの古典音楽を得意とするヴァイオリニストなのだが、石場の好みでベートーヴェンのもっとも重厚で闘争的な『クロイツェル・ソナタ』を弾くことを義務づけられている。
『クロイツェル』を演奏するとき、瑞恵はいつも幻影に悩まされる。不気味な黒いマントに似た布が客席に煙のようにひろがり、押し寄せてくる。ずっと見つづけていたら飲み込まれてしまうかもしれない。それを見ないようにしっかり目を閉じた瑞恵は、全身を硬直させながら、しかし最後までソナタを弾ききる。
黒マントの幻影は、楽器を投げ捨てて床に座り込んでしまった幼い少女の前にたちはだかる母親のコートだった。
ステージでグァルネリの音に異変を感じた瑞恵は、保坂という老職人に修理を依頼する。府中の古い都営住宅でひっそりと工房を営んでいる保坂は、グァルネリの修理がすむまでの間これを弾いてくださいと言って、一挺のヴァイオリンを差し出した。
ストラディヴァリウスやグァルネリなどクレモナの楽器に比べ、全体に繊細な作りだ。それにとても軽い。華奢なボディは、瑞恵の顎と左手の間にすんなりとおさまった。
これは何ですか? まさか、あなたが作った楽器じゃないでしょうね? と言おうとした瑞恵は口をつぐんだ。黒ずんだ飴色の板は、最近手に入れた材料にしてはいかにも枯れすぎている。軽さから見ても二百年はたったオールドの楽器だ。
「古い楽器を調整なさったのですね?」ときくと、保坂は「まぁ、そんなところです」とにやりと笑った。
瑞恵は、ゆっくりと弓をひく。長い年月を経た楽器特有の豊かな音だ。華やかさ、輝かしさには欠けるが、匂い立つように艶っぽい響きがある。闇に咲き誇る白い梅のような。
保坂はこんなことを言う。先生、コレルリを弾いてくださいよ。間違ってもベートーヴェンなんか弾かないでください。先生のコレルリはすばらしい。端正で優美で−−。
しかし、実はこの楽器は、瑞恵のコレルリに魅せられた保坂が、瑞恵に弾いてもらいたいいっしんで古木を探し、とある寺の本堂の羽目板を譲り受けて作ったものだったのだ。
そのことを知った瑞恵は、実際にその楽器が手になじみ、コレルリを弾いて大きな成果をあげていたにもかかわらず、自分をだましたと怒って保坂につきかえす。
ヴァイオリンのモダンとオールドの関係は、ちょうどピアノの反対だ。コンサート用のピアノの耐久年数は十年と言われる。最近では、百年前の楽器を修理して使うピアニストも増えてきたが、やはり主流はモダンの楽器である。しかしヴァイオリンでは、弾き手の伎倆とは別に楽器のヴィンテージが問われることが多く、たとえモダンの楽器を愛用していても、それとわかっただけで評価が下がるので隠して演奏するケースもあるときく。
このオールド信仰が、瑞恵を破滅に陥れる。恩師の世話で国立の教員養成大学の講師に就任した瑞恵は、よい楽器を選んでほしいという学生のために出入りの業者に探索を依頼する。
芸大のガダニーニ事件では、学生に楽器を斡旋した見返りに謝礼を受け取ったことが批判の対象になったが、ここには「クラシック界の常識は一般社会の非常識」とよくいわれるギャップが大きくかかわっているように思う。とにかく数百万から数千万、下手すると億にならんとする買い物なのである。購入に値する楽器なのか、その人の奏法や音楽性にふさわしいか、弾きこんだときどんな音になるのか、あるいはホールで弾いたときにどんなふうに響くかなど、まだ修行半ばの学生に判断できるわけはな
い。教育経験や演奏経験豊かな人物の助言が必要で、その助言というものは、その人物のそれまでのキャリアを土台にしているのだから、まったく無償というのはむしろおかしい。
学生側の予算は四百万。イタリアのオールドを買うにはむずかしい金額だ。出入りの業者が探してきたのは、フランスの名工ムイエールが作ったモダン楽器だ。良い楽器ではあるが音が硬く、熟成していなかった。瑞恵に拒否された業者は、今度は「ランドルフィの出物」というのをもってくる。ホンモノなら、十八世紀後半ミラノの銘器だ。
音出しした瑞恵はかすかな違和感を感じたが、「ランドルフィ」を信用し、業者の言いなりに二百万上乗せした値段で学生に斡旋し、習慣に従って一割のリベートを受け取る。ところが、その「ランドルフィ」は細工をしてオールドに見せかけた真っ赤なニセモノで、学生から告発された瑞恵は収賄の罪で逮捕され、執行猶予つきの実刑を言い渡された。
プロットは現実の事件から借りているが、『マエストロ』が問いかけているのは、いったい何がホンモノで何がニセモノかという本質的な問題だ。瑞恵が「ランドルフィ」に違和感をもちながらも罠にはまったのは、彼女自身がニセモノの音楽人生を歩んできたからだ。
瑞恵は、多くの楽器を勉強する子供たちがそうなように、プロの音楽家をめざして果たせず、娘に自分の夢を託した母親の犠牲者だった。英才教育で知られるヴァイオリン教室に入れられ、激しい競争のただなかに置かれた。母親に練習を強要され、『クロイツェル』を聴いてもらった外国人教師からは「この少女の弾くヴァイオリンには、音楽の喜びを感じられない」と入門を拒否される。
そんな瑞恵が唯一自分から弾きたいと思ったのが、十五歳のとき、レッスン帰りにふらりと立ち寄った音楽喫茶のSPレコードで聴いたコレルリだった。装飾音でふちどられた嫋々たるメロディに、噴き上がるような歓喜をおぼえた。そして、そのコレルリをもっともよく表現できるのが、保坂がお寺の羽目板で作ったモダン楽器だったのだ。
瑞恵にとっての「ホンモノ」は、六千万円のオールドで弾く『クロイツェル』でも、三百万円のダイヤでも、華やかなスタープレイヤーとしてのステージでもなかった。
そのことに気づいたとき、彼女の前には新たな道がひろがっていくだろう。
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