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第10回 デルフィの舞姫たち
ギリシャは、新婚旅行のときに行った。アテネを見物したあと、バスで三時間半ゆられてパルナソス山の聖地デルフィに足をのばす。ドビュッシー『前奏曲集第一巻』の最初の曲、「デルフィの舞姫たち』の舞台を見てみたかったからである。
神々のいますパルナソス山は、下から見上げると青くけむって、こころなしか霊気がたちこめているようだった。
聖域の中腹につくられた古代劇場がきれいだった。スロープを利用した階段がそのまま座席になっている。
少しずつ階段をおりると、まわりから観客の拍手がきこえてくるような気がした。演奏家の常として、舞台に立つとついついピアノを弾いてしまいたくなる私は、そこに楽器を運びこんで演奏する情景を夢想した。すりばち状の古代劇場は非常に音響効果がよいから、ピアノの音もきっときれいに響くにちがいない。
ドビュッシーの『デルフィ』は、アポロンの神殿に仕える巫女たちが、ゆったりした三拍子のリズムにのってしずしずと歩む様子をあらわした曲である。
その神殿は、円形劇場の少し上にある。ドーリア式の柱は六本しか残っていないが、アテネのイオニア式の優美な曲線に比べると、どっしりした無骨な柱だ。
アポロンに仕える巫女たちはカスタリアの泉で身を清めたあと、神殿の奥の院でローリエの葉をいぶし、大地の裂け目の上に置かれた三脚台に坐って、裂け目から吹き出る神のいぶき「プヌーマ」を吸い込んで錯乱状態におちいったといわれる。そばにいる神官がそのうわごとを「お告げ」として書きとった。
しかし、ドビュッシーの舞姫たちの荘厳な歩みをみると、とても錯乱状態にあるようには思えない。
ギリシャに旅行したことのなかったドビュッシーは、ルーブル美術館の展示品から作品の霊感を得た。直接のイメージ源になったのはカリアティードの柱で、実際にデルフィの聖域で発掘されたものである。イオニア式の柱の上にドレープのある布をまとった巫女たちが立っている彫像だ。
ところが、この巫女たちは太陽神アポロンではなく、酒の神ディオニュソスに仕えているという。ディオニュソスの巫女といったら、地中海地方を放浪する神のあとにつき従って、酔っぱらいながら踊る狂乱の集団として有名だ。ますますわからなくなってきた。
ジャン・ミシェル・ネクトゥが書いた『ドビュッシー 音楽と美術』という本を読んだら、こんなことが書いてあった。
デルフの神殿はアポロンに捧げられているが、同時にディオニュソスにも捧げられている。太陽がのぼる方に向けられた神殿の表ファサードにはアポロンが宿り、雪をいただいたパルナソス山を眺めている。太陽の沈む方に向いた裏ファサードにはディオニュソスが宿り、海を眺めている。冬の間、太陽の光が弱くなると、アポロンは休暇をとって神殿の谷にひっこみ、デルフはティオニュソスの支配下になる。
アポロンにせよ、バッカスにせよ、巫女たちは「錯乱」するわけだが、ドビュッシー自身は作品にそうした雰囲気を一切もちこまなかった。
『ディルフィの舞姫たち』は、他の何曲かの前奏曲とともに、一九一〇年五月二十五日、エラール・ホールでドビュッシー自身によって初演された。
ドビュッシーの演奏を聴いたマルグリット・ロンは、彼の解釈について「ゆっくりと、ほとんどメトロノーム的な精密さをもって弾いていた」と回想している。
「その響きはふんわりとやわらかく、儀式じみた密度をともなっていた。浅いレリーフが浮き彫りにするものは踊り子というより女司祭じみた雰囲気を漂わせていた」
ドビュッシーの弾く『デルフィ』は、アポロンの巫女の錯乱もディオニュソスの巫女の狂乱も遠い昔になった聖域の静かなたたずまいを想起させたにちがいない。
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