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第9回 スペインもの
ドビュッシーの作品には、いわゆる「スペインもの」が多い。『管弦楽のための映像』の「イベリア」、ピアノ組曲『版画』の「グラナダの夕」、そして『前奏曲集第一巻』の「とだえたセレナーデ」、『同第二巻』の「ヴィノの門」。
二台ピアノのための組曲『白と黒で』も、書きはじめのころはゴヤの版画集にちなんで『カプリス』(『カプリチョス』のフランス語読み)と呼ばれていた。
エディターのデュランへの手紙でドビュッシーは、『カプリス』の第二曲の色あいを少し明るくしたと告げ、その理由を「あまり黒のほうに押し流されて、ほとんどゴヤの『カプリチョス』と同じぐらい悲劇的になってしまったからです」と説明している。
別の友人への手紙では、「これらの作品は、色彩や感動を脱色しようとした結果、ベラスケスの灰色にまでなりました」と書いているが、これもスペインの画家である。最終的なタイトルに使われた「白と黒」も、ピアノの鍵盤ではなく、絵のほうの「白と黒」のことだろう。
若いころのドビュッシーは、スペインをテーマにオペラを書こうと試みたこともある。『ロドリーグとシメーヌ』は、スペイン版ロメオとジュリエットみたいな話で、敵対関係にある名家同士の息子と娘が愛し合ってしまうというストーリー。文豪バルザックの短編にもとづく『ラ・グランド・ブルテッシュ』は、誇り高いフランス貴族が、姦通の罪を犯した妻を罰するために、スペイン人の間男を生きたまま壁の中に塗
り込めるという、エドガー・ポーの『黒猫』を思わせる怖いお話だ。
こんなエピソードからもわかるように、ドビュッシーの「スペインもの」には、優雅でおしゃれなフランス文化にはみられない、ちょっとグロテスクな、ちょっとおどろおどろしい雰囲気が漂っている。
ピアノ曲の「スペインもの」は、三曲ともグラナダがらみである。ここは長くアラブ人の支配下にあり、十三世紀に建てられたアルハンブラ宮殿は、モール文化の粋を凝らした美しいアラベスク(文字通りアラブ風の・・・という意味の唐草文様)で飾られている。
前奏曲のタイトルになった「ヴィノの門」は、アルハンブラ宮殿の入場門のひとつで、スペインの作曲家ファリャからもらった絵ハガキにヒントを得たらしい。ドビュッシー自身は一度もスペインに行ったことがなかったのに、本物のスペイン人よりスペイン的な音楽を書いたと、ファリャを驚かせた。
「ヴィノの門」の曲頭には、「非常な凶暴さと情熱的なやさしさの唐突なコントラストをもって」と書かれている。「凶暴さ」は、叩きつけるようなタッチではじまるハバネラのリズム、「情熱的なやさしさ」は、その上にはいってくるアラブ風のメロディであらわされるのだろう。しかし、スペインふうの「情熱」は、たとえばホセを破滅させたカルメンのように、めらめらと燃え上がって対象を焼きつくしてしまう危険をはらんでいる。
「とだえたセレナーデ」は、アルハンブラ宮殿の裏手にあるジプシーの居住区「アルバイシン地区」からもれ聞こえてくるさまざまな”音”たちのコラージュだ。ギターをつまびく音、フラメンコの手拍子と足ぶみ、地声で歌われるメリスマふうのパッセージ。そこに突然割ってはいる『管弦楽のための映像』「イベリア」の一節。
アルベニスのピアノ組曲『イベリア』第三巻にも「エル・アルバイシン」という名曲がある。ドビュッシーはこの組曲を愛し、いつもかたわらに譜面を置いてときおり奏でていたという。『イベリア』の第三巻は一九〇八年、つまり『前奏曲集第一集』の二年前に書かれているから、ドビュッシーも大いに参考にしたにちがいない。
その前年、パリに出てきたファリャは、ドビュッシーのもとを訪れている。あこがれの大作曲家に会ったファリャはすっかりどきまぎしてしまい、言うことが見つからなくて「私、ずっとフランス音楽が大好きでして・・・」とつぶやいた。
するとドビュッシーはにこりともせず、「そうですか。私はまた、そいつが嫌いでね」と答えたとか。
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