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最終回 インタビュー
留学時代、ドイツに向かうTEEの車中、カラヤンの専属インタビュアーだという女性と乗り合わせたことがある。
コンパートメントで一心にカセットレコーダー(当時iPODなどというものはなかった)に聞き入っていた彼女は、カラヤンのような偉大な芸術家に質問するからには彼の解釈や音楽思想をすみずみまで理解しておかなければならないから、移動の際はいつも録音を聴き、資料に目を通しているのだと言っていた。
ドイツでは、インタビュアーという職業がとても尊敬されているのだという。上品で稟とした雰囲気の女性で、すっかりあこがれてしまった。
私のこれまでの音楽人生で、インタビュー「した」経験もあるが、もちろん「された」ことのほうがずっと多い。新聞の文化部記者、音楽雑誌の記者やライターさん、文芸誌や女性誌の編集者などいろいろな方とお会いした。
取材していただくのはとても嬉しいので気持ちよく答えさせていただくが、なかにはずっこけるケースもあった。送られてきた記事を読んだら生まれた場所が違っていたり、思っていることの反対のように理解されて書かれてしまったり。
テープでインタビューを録音することもあるが、同時にメモをとっていることが多い。記者さんにとって「おいしい」、つまり記事にしやすい話になるとペンがざざざーっと動くのがわかっておもしろい。問題は、その部分が必ずしも話し手にとっては「一番話したい」部分ではないことである。
ベテラン記者さんで、全然メモをとらない方もいらっしゃる。記事を読むと、ご自分なりのストーリーができていて、とても自分の回答とは思えないときもある。
『水の音楽』という書籍とCDを出し、ドビュッシーやラヴェルの水にまつわる作品でリサイタルを開いたときは、一般メディアからも取材の依頼があったので苦労した。ある新聞の地方版の記者さんからは、「水にまつわる音楽」といったら『ボルガの舟歌』しか知らない、そもそもドビュッシーもラヴェルも名前ぐらいしかきいたことがないと告白されてしまった。「音楽」といってもポピュラーや演歌専科だったらしい。それでもちゃんと記事にまとめていらしたのでさすがだと思ったが。
私は本をかなり出しているので、インタビュアーさんは話をきく前に本を読んだりCDを聴いたり準備が忙しいらしい。自分で自分の書いた本の梗概を一生懸命しゃべらなければならないこともあった。
そんな私も、人のことは全然言えないのである。元『ムジカノーヴァ』の編集長だった百瀬喬さんから、フランス語が話せるからというだけの理由でミシェル・ベロフのインタビューを頼まれたときのこと。ベロフの弾くドビュッシーの前奏曲や練習曲のレコードの大ファンではあったが、生の演奏を聴いたことがなかった。
カメラマンとインタビュー場所に行き、正直に「あなたのコンサートを拝聴したことがないのだが・・・」と言ったら、ベロフは「何だってそんな奴がインタビューに来るんだ」とむっとした様子(あたりまえだが)だったが、それでも真摯に質問に答えてくれた。 ちょうど彼自身が手の故障で思うような活動ができないときで、「自分はあまりにも早いうちからいろいろなことができすぎた、なぜできるのかを考えてみもせずに周囲のすすめるままに突っ走ってきた。その轍を若い人に踏ませないためにも、ピアノ教育にたずさわり、生徒と一緒に考えいきたい」と話してくれたのが印象に残っている。
『ムジカノーヴァ』の仕事では、初期教育について亡くなったピュイグ=ロジェ先生のインタビューもさせていただいた。「音楽家をめざすことができるのは頭の上に精霊がおりてくる子です。指導者はそのみきわめをしなければなりません」とおっしゃった。
また、導入期の指導がいかに大切かについて「楽器との最初のコンタクトによってすべてが決まります。まだ小さいのだから近くに住んでレッスン代が安い先生がいいという考え方は間違っている。この時期にこそ、最高の先生につけるべきです」と主張なさったのも印象に残っている。(このときのインタビュー模様は単行本に収録されている)
中央公論社の『マリ・クレール』(今はアシェット婦人画報社から刊行)という雑誌では、編集長に頼まれてジャン=イヴ・ティボーデやポール・クロスリーなど、ドビュッシーのピアノ曲の全集を録音したピアニストたちにインタビューする機会もあった。
独創的なピアニストだと思われているクロスリーが、意外に先生のメシアンの言うなりで、解釈について質問しても「メシアンにそう教わったから」としか答えなかったのがほほえましかったし、人気ピアニストのジャン=イヴ・ティボーデがあまりにもインタビュー慣れしていて、何をきいても「立て板に水」だったのもよくおぼえている。プロのベテラン・インタビュアーならそこのところの踏み込み方も心得ているのだろうが。
ピアノも弾き作曲もし、詩も書き小説も書くという才女レーラ・アウェルバッハのインタビューをしたときは、何だか吸血鬼の一族に出会ったような気分を味わった。
「どうして音楽をやったり文章を書いたりできるのかとよくきかれるが、質問の意味がわからない。どちらも同じポエジーの領域から発していて、その出どころが違うだけだ」と語るレーラ。実は、私もいつも同じ質問をされていつも同じように答えるので、その気持ちがとてもよくわかった。
『ピアニストが見たピアニスト』の執筆中、たくさんのインタビュー記事を読み、映像を見る機会があった。アルゲリッチのモノローグのように構成されているジョルジュ・ガショのフィルム『真夜中の対話』にはびっくりした。インタビュー嫌いで知られる彼女が、子供のころのトラウマからコンサート前のパニックまで赤裸々に語っているからだ。
リヒテルへのインタビューで構成されたブルーノ・モンサンジョンの著書やDVDにも感銘を受けた。神経質で人見知りで気まぐれな大ピアニストにここまで心を開かせてしまう聞き手たちは、彼らも同じレヴェルの創造者であることを求められるのだ。自身もピアノを弾く立場からいろいろなアーティストにかなりつっこんだ質問をしているディヴィッド・デュヴァルの『ピアニストとのひととき』もとてもおもしろく読んだ。
自分はとても同じようなことはできないけれど、自分が興味をもつピアニストたちにいろいろ質問して、自分なりに記事にまとめることができればなぁとずっと考えていた。雑誌のインタビュアーはプロだから、編集部からの依頼で派遣される。でも私は素人だから、何でも自分にひきつけて、あくまでも自分が会ってみたいピアニストたち、ステキだなーと思う活動をしている方々にインタビューすることができる。
世界的に慢性的なクラシックの地盤沈下がつづくなか、キャリアをつづけるための精進・努力は並大抵ではないと思う。話をきく過程で、自分も刺激を受けることができたら、学ぶことができたら、それを読者に伝えたいと思う。
日本のピアノ界はベテランから中堅・若手まで多士済々なのに、新聞・雑誌はあいかわらず海外アーティスト優先の報道をしている。せめて私のコーナーだけでも日本人ピアニストに限定したい。そんなことを編集部に提案してみたら、快く受け入れていただいた。
そんなわけで、来月号からはインタビューで構成される『我が偏愛のピアニスト』がスタートする。長らくご愛読いただいた『ピアニストが指先で考える』は読売新聞に掲載されたコラム数本を加え、五月十日に中央公論新社から発売される。表紙にはピアノを弾きながら首をのばして舌で楽譜をめくっているジャン・コクトーのユーモラスなデッサンを使った。
新連載同様、こちらもご愛読ください!
*『ピアニストは指先で考える』の単行本刊行にともない、本ホームページにアップロードしていた
第1回(2003年1月号)〜第52回(2007年4月号)を削除致しました。ご興味をもたれる方は是非中央公論新社刊行の本著をお読みください!
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