トップページ| プロフィール | 今年の活動 | 新刊新譜コンサートCD書籍書評、CD評 |
執筆&インタビュー日記 | E-メール

執筆&インタビュー

連載「6本指のゴルトベルク」/岩波『図書』 2007年3月号


  第9回 音楽の力

 十年ほど前に起きたペルーの日本大使公邸人質事件をおぼえていらっしゃるだろうか? 左翼ゲリラの襲撃によって六百人あまりの大使館員が人質になり、フジモリ大統領がペルー軍特殊部隊に突入を命ずるまで百二十七日間も監禁された事件だ。
  このとき積極的にゲリラとの解放交渉をすすめ、事件のヒーローとなったのが青木盛久元大使である。ところが大使は、釈放後に会見の席上で煙草を吸ったことを見とめがめられて一転ヒール役に転じ、外務省から大使を解任されてしまった。
  実はこの青木大使は、私のピアノの師安川加壽子先生の幼なじみのご子息なのである 。拙書『翼のはえた指』でもご紹介したが、加壽子先生は、お父様が国際連盟に勤務していた関係から生後一歳二ヶ月でフランスに渡った。ピアノを習いはじめるのは一九二五年、三歳半の年だが、そのころパリ日本大使館参事官をつとめていたのが、青木大使の祖父に当たる杉村陽太郎である。杉村家には、青木大使の母に当たる和子さんはじめ三人のお嬢さんがいて、ひとりっ子の加壽子先生にはよい遊び相手だった。
  二七年から三三年まで連盟事務局長をつとめた杉村陽太郎は、満州事変の折りには連盟と日本政府の板挟みに苦しみ、日本の連盟脱退の折りには政府の調査団と連盟側との溝を埋めるために奔走し、三七年にフランス大使に就任してからは戦争につきすすむ本国とフランスの軋轢に苦しみ、病を得て三九年春に亡くなっている。孫の青木大使もまた、ペルー政府や日本政府とゲリラの板挟みになったわけだから、「引き裂かれる」運命は遺伝するのかもしれない。

  アン・バチェット『ベル・カント』(早川書房)は、そのペルー大使館人質事件に取材したフィクションである。物語は、あるパーティの余興に呼ばれた世界的ソプラノ歌手のロクサーヌ・コスが、プログラムの最後の曲、ドボルザークのオペラ『ルサルカ』のアリアを歌い終えたところからはじまる。
  ”ベル・カント”とはイタリア語で「美しい歌唱」の意。美しい声を活かしたイタリア・オペラ特有の歌唱法をさす。文字通り「ベル・カント」なロクサーヌの歌に感激した聴衆は「ブラーヴァ!」を叫び、ピアノ伴奏者はこっそり彼女にキスした。そのとたん、灯が消えた。
  ロクサーヌのコンサートが開かれたのは「南米のある小国」の副大統領官邸である。主賓は、ちょうどこの日に五十三歳の誕生日を迎える日本のエレクトロニクス企業「ナンセイ」の社長ホソカワ氏だった。その「小国」は産業の振興のために工場を誘致したがっていて、ホソカワ氏がロクサーヌの大ファンであることをつきとめ、誕生祝いのパーティを開くという名目で彼を招待したのである。
  当然、主催者は日系二世のマスダ大統領のはずだったが、彼はその夜放映される連続テレビドラマを見るため、副大統領に接待役を託したのである。そして、テロリストたちはそのことを知らなかった−−。
  照明が消えた瞬間、パーティの出席者たちは何かの演出だと思って、そのまま拍手をつづけた。それから室内にこわばった雰囲気がひろがり、再び灯がつき、窓という窓、ドアというドアから武装した男たちが乱入してきた。指揮官たちは大人だが、大部分の兵士は二十歳から十四歳までの若者である。
  銃をかまえた男がスペイン語で叫ぶ。
  「静粛に。きみたちは拘束された。われわれは絶対的協力と静粛を要求する」

  ゲリラたちはマスダ大統領の身柄を要求したが、彼は自宅でテレビを観ている。こうして、大統領を誘拐し、政治犯を釈放させようとしたテロリストたちの思惑ははずれ、二百二十人もの人質をかかえたまま動くに動けない状況に陥ったのである。
  拘束されている人々と拘束している人々の違いは明らかだった。パーティの出席者は大使、外交官、完了、銀行の頭取、企業のトップなど富裕層だったが、ゲリラの少年たちはひどく貧しい身なりをしていて、床に横たわる被拘束者たちの眼には、ブーツの穴からのぞく指先や、分解したブーツを張り合わせた電気工事用の銀色のテープなどが見えた。
  貧富の差は歴然としていたが、彼らに共通することがひとつだけあった。パーティの出席者たちは事件の直前までロクサーヌの歌を聴いていたが、ゲリラたちもまた、身を潜ませていた空調ダクトの中で彼女の歌を聴いていたのである。六曲めが終わったところで照明を切るように指示されていた。そして彼らはその指示に従ったのだが、感動しないように命令されていたわけではなかったし、またそんな命令がくだせるわけもなかった。
  『ベル・カント』の主題は政治問題でも社会問題でもなく、まさに「音楽の力」なのである。ペルーの事件のときは共同通信の記者が官邸内に潜入し、人質たちとコンタクトをとったが、小説では休暇中でたまたま公邸を訪れた国際赤十字の男が犯人と政府間の連絡係をつとめる。交渉の結果、女性の人質は解放されることになったが、もっとロクサーヌの歌を聴きたいと思ったテロリストたちは、大統領の身がわりに彼女を邸内にとどめた。 ホソカワ氏の誕生パーティから一週間もたつと、拘束者も被拘束者も膨大な時間をもてあますようになった。彼らの辞書には、自由時間などという言葉はなかったのだ! エリートたちは夜遅くまで仕事をしていたし、ゲリラたちも日々の糧を得るために必死で働いていたのだから。
  「休暇を楽しむ才能がない」ロクサーヌは、練習できないことに苦しんでいた。パーティで伴奏したピアニストは糖尿病を患っており、インシュリン欠乏のため憧れの歌姫の腕の中で息をひきとった。そしてホソカワ氏は、何より好きなオペラを聴けないことに苦しんでいた。

  ホソカワ氏と自分の問題を解決するために、ロクサーヌは官邸の中で新しい伴奏ピアニストを探す。呼びかけに応じて、「ナンセイ」の副社長カトウ氏がスタンウェイのピアノに歩み寄った。鍵盤のふたをあけて、ショパン『ノクターン作品九−二』を弾きはじめると、テロリストも人質もリビングに集まってきて、繊細なピアノ演奏に耳を傾ける。アンコールに応えたピアニストは次々に曲を弾き、人質たちは、この邸宅から出ていきたかったことを忘れた。
  伴奏者を得たロクサーヌが練習に必要な楽譜をリストアップすると、連絡係の赤十字社員が知り合いの神父に調達を依頼する。楽譜がいっぱい詰まった箱が届けられたが、指揮官は邸内に運びこむことを拒否する。するとロクサーヌはリビングの真ん中に立ったまま、プッチーニ『ジャンニ・スキッキ』から「私のお父さん」のアリアを歌いはじめた。
  普通はオーケストラの伴奏がつくものだが、誰もそんなことは気にしていなかった。室内がきれいに掃除されていないことも、花やシャンパンがないことも。
  「肉体のなかに含まれうるかぎりの愛と憧れがわずか二分半の歌となって流れだし、彼女の声が最高音部にさしかかったときには、人々が人生のなかで与えられたすべてのものと失ったすべてのものがひとつになり、耐えがたいほどの重みとなってのしかかってきたかに思われた。ロクサーヌが歌い終わった瞬間、まわりのものは呆然となり、身を震わせながら沈黙のなかに立ちつくした」
  深く息を吸い込んだロクサーヌは、指揮官に伝えるように言うのだった。あの箱を渡すか、今後二度と自分の歌もカトウのピアノも聴けずにすごすか、どちらかを選べと。
  そしてもちろん、楽譜の箱は彼女の手にわたったのである!
  さきほど「音楽の力」と書いたが、正確を期すなら「人声の力」と言うべきだろう。何も道具を使わず、マイクも通さず、天性の素質と訓練と節制によって巨大な歌劇場のすみずみにまで響きわたる人声の力は圧倒的だ。ピアニストは、間違っても歌手とジョイントリサイタルなど開かないほうがいい。どんなにテクニックを弄しても、目にも止まらぬ早業でオクターヴの連続を弾いても、三十分もかかる大作をミスひとつなく弾き終えても、オペラのアリアの、たった二分の歌唱、たった一本のメロディにかなわないのである。

  プリマ・ドンナの中には、ケルビーニ『メディア』やヴェルディ『マクベス』を復活させたマリア・カラスのように人間の暗部を抉りだす歌唱を得意としていた人もいるが、オペラのアリアの一番の効能は、やはりポジティヴな感情を喚起させる点にあるだろう。
  疲れたりいらいらしたりして後ろ向きの考えが浮かんでいても、すばらしい歌声を聴くと、ふだんは心の奥に隠れていた、自分のなかのいちばんいい部分が前面に押し出されるのを感じる。気持ちがやわらかくなり、やさしく謙虚になり、他人を思いやり、恵まれないものをいたわり、敵すら愛せるようになる。少なくとも、それが「南米の小国」の人質とテロリストたちに共通して起きたことだった。
  楽譜と伴奏者を得たロクサーヌは午前中の三時間を練習に当て、声に余力があるときは夕食前にも歌った。
  「そのひとときだけは、自分の死に思いを向ける者は一人もいなかった。人々の思いは、ロクサーヌの歌声と、曲と、高い声域の持つ甘い輝きに向けられていた。ほどなく、一日が三つに分かれるようになった。彼女の歌を待つ時間、彼女の歌に聴き惚れる時間、そして、彼女の歌を思い出す時間」
  その場にいる男たちは、大人も少年も、みんな彼女に恋していた。
  官邸が巨大な鉄道の駅のようで、どの列車も遅れているために際限なくひきのばされた待ち時間がつづくうち、人質とテロリストたちは力を合わせてことに当たるようになっていった。料理をつくる、言葉を習う、時計の読み方を教わる、チェスやサッカーに興ずる。とりわけ美しいのは、ロクサーヌが、彼女の歌のものまねをしていたゲリラの少年に歌唱指導するシーンだ。
  ユートピアのような不思議な共同体の中心にあるのは音楽だった。言葉も民族も宗教の壁も簡単に越えてしまう世界言語としての音楽の力−−。
  読んでいるうちに、私もピアノが弾きたくってたまらなくなった。

執筆 & インタビュー一覧へ

トップページ| プロフィール | 今年の活動 | 新刊新譜コンサートCD書籍書評、CD評 |
執筆&インタビュー日記 | E-メール

Copyright(c) 2001-2005 WAKE UP CALL
fountain@ondine-i.net