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執筆&インタビュー

連載「ドビュッシーとの散歩」/「音遊人」  2007年2月号

  第6回 西風の見たもの
                                      
  ドビュッシーの性格には、とても子供っぽいところがあった、と、『ペレアスとメリザンド』を初演した歌手のメアリー・ガーデンは語っている。
  「彼は、子供向けの絵本やおとぎばなしを好んでいた」
  ドビュッシーが四十三歳のときに誕生した愛娘シュウシュウがアーサー・ラッカムの絵本の大ファンだったことは前号で書いた。一九一二年、親友のロベール・ゴデからラッカムのイラスト入りのアンデルセン童話集を贈られたドビュッシーは、「昔なじみのラッカム」が彼女を有頂天にさせたと礼状を書いている。
  でも、パパ・ドビュッシーは、シュウシュウが生まれるずっと前からアンデルセンに親しんでいたのだ。一八九六年ころ、劇作家の卵ルネ・ペテールが、アンデルセンの『ある母親の物語』を翻案した戯曲『死の悲劇』をたずさえてドビュッシーのもとを訪れた。
  『ある母親の物語』は、ベストセラーとなったエンデの『モモ』にちょっと似たところのある、感動的なお話だ。
  寒い冬の夜、病気の坊やを看病している母親のところに、死神がやってくる。死神は、三日三晩寝ていなかった母親がちょっとうとうとしたすきに坊やをさらっていってしまう。坊やのあとを追って雪の中に飛び出した母親は、死神の行く先を教えてもらうかわりに茨を抱きしめて血を流したり、「夜」に子守唄を全部歌ってきかせたり、湖の上を渡してもらうためにふたつの大きな目を失ったりして、ようやく死神の温室にたどりつく。
  そこには、それぞれの命をあらわす花々が咲いていた。坊やの花は小さな青いサフランで、今にもしおれそうにうなだれていた。
  錯乱した母親は、坊やを返してくれないなら他の花を全部引き抜いてしまうと叫ぶ。しかし死神は、湖の底からもってきた目を母親に返し、それぞれの花に託された人生を見せてやる。神さまのみ心に逆らうことなどできないと悟った母親は、死神に坊やを託す。

  『死の悲劇』を読んですっかり気に入ってしまったドビュッシーは、有名な出版社から出版させたり、舞台で上演するときのために『子守唄』を書いたりしている。
  『前奏曲集第一巻』の「西風の見たもの」も、アンデルセンの『楽園の庭』という童
話にもとづいている。こちらはうってかわって愉快な話だ。
  何不自由なく育った王子は、本で読んだ「楽園」の話にあこがれ、いつか行ってみた
いものだと思っていた。もしイヴが知恵の木の実をもがなければ、アダムがそれを食べ
なければ、「楽園」は地の底に沈まなくてすんだのに。
  ある日、森に遊びに行った王子は大雨にふられ、洞穴に迷い込む。そこは風穴で、肝
っ玉母さんみたいな母親が、東西南北の風の息子たちと一緒に暮らしていた。
  原始林を吹き荒れて風穴に戻ってきた西風は、熱帯の草原でトンボ返りしたり、風の
力で水牛を吹き飛ばして滝壺に叩き落としたり、といった武勇談を語る。母親にキスし
ようとすると、さしもの肝っ玉母さんもひっくり返ってしまうほどの荒くれ者なのだ。
  ドビュッシーの書いた『西風の見たもの』もまた、この作曲家にしては珍しく荒々し
い音楽だ。冒頭は「ざわざわと騒がしく」という指示とおり、沸き立つ水のようなアル
ペジオではじまる。波頭がぎらりと光り、やがて大きなうねりとなって襲いかかってく
る。
  中間部には波のとどろきのようなトレモロがあり、少しテンポが落ち着いたあと、「
苦悩に満ちて」と書きつけられたオクターヴの旋律があらわれる。トレモロはやがて和
音の激しい交替に発展し、息もつかせぬクライマックスに達する。
  ところで、アンデルセンの物語では、主役を演じるのは東風である。東風の背中に乗
って、待望の「楽園」を訪れた王子は、世にも美しい姫君に会う。
  姫君は王子に、毎晩あなたと別れるとき、「ついてらっしゃい!」と言ってもその通
りにしてはならない、でないと、「楽園」はふたたび地の底に沈んでしまうだろうと言
う。
  そしてもちろん、王子は誘惑に負けてしまうのだ。
  たちまち恐ろしい雷鳴がとどろき、あらゆるものががらがらとくずれ落ちる。ちょう
ど、ドビュッシーの書いた『西風のみたもの』のクライマックスのように。
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