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第5回 水の精−−オンディーヌ
ドビュッシーの前奏曲集第二巻『水の精』は、ちょっと変わった曲だ。
のっけから、何調だかよくわからない音の固まりが出てきて、右手と左手がひんぱん に交替し、するどいアルペジオではじけたかと思うと、これまた調性不明のカデンツァふうのパッセージになり、やっとニ長調の基音に落ち着くものの、メロディはレ−ミ−ファ♯−ソ−ラの長音階ではなく、レ−ミ−ファ♯−ソ♯−ラのリディア旋法で歌われる。
イメージ源になったのは、アーサー・ラッカムというイギリス十九世紀末のイラストレーターの絵本である。オーブリー・ビアズリーなどの仲間うちにいた人物なので、絵本といってもけっこうグロテスクで、シャープな線と微妙な色づかいに特徴がある。
主な作品としては、ワーグナーの『指輪四部作』やアンデルセン童話集、シェイクスピア『真夏の夜の夢』、ジェームス・バリ『ケンジントン公園のピーターパン』。一九〇五年に誕生したドビュッシーの愛娘シューシューはこのラッカムのイラストが大好きで、パパ・ドビュッシーはせっせと彼の挿絵入りの童話集を買いあさった。
『ウンディーネ』の原作は、ロマン派の作家ド・ ラ・モット・フケーの『ウンディーネ』。水の精にまつわる甘美な物語である。
深い森の奥の湖に突き出た岬に一軒の貧しい漁師小屋があり、騎士フルトブラントが迷いこんでくる。騎士は、ベルタルダという美しい侯爵令嬢から肝試しとして森を探検してくるように命じられ、嵐に襲われてしまったのだ。
小屋には漁師の老夫婦が、ウンディーネという十七歳の少女とともに暮らしていた。ウンディーネは湖の王の娘で、人間の男と結婚するために養女として育てられたという。
不可思議な魅力をたたえたウンディーネの虜になったフルトブラントは、婚約者がいることも忘れて彼女と結婚する。しかし、何しろ超自然界の生きものだから、彼女のそばには変幻自在に姿を変えるキューレボルンという河の神がついていて、ときどき威嚇するように姿をあらわす。フルトブラントはだんだん薄気味悪くなり、ライン河を下る船の上でウンディーネと水の一族をののしってしまう。
水の精の音楽というと、ラヴェルの『オンディーヌ』を思い浮かべる人が多いだろう。ドイツ語ではウンディーネ、フランス語でオンディーヌという水の精は、どちらもラテン語で波をあらわす「ウンダ」からきている。
十六世紀の錬金術師パラケルススは、こんなことを書いている。水の精は妖精だから、最後の審判のときは塵になって世界をさまようことになる。しかし、人間の男と結婚すれば、自分も永遠の魂を得ることができる。ラヴェルのオンディーヌもフケーのウンディーネもこれをねらっていたのである。
人間と水の精との結婚にはいくつかのタブーがある。日本のトヨタマヒメは、お産をする姿をみられたので龍宮城に帰ってしまった。フランスのメリュジーヌは土曜日ごとに腰から下がヘビの姿に変わるところを、やはり夫に見られて姿を消す。
ウンディーネの場合は、夫に水のそばでののしられたりぶたれたりすると、水の底に帰らなければならない。そして、夫が人間の女性と結婚すると命を奪うさだめにある。フルトブラントとベルタルダの結婚式の日、井戸から噴水となってあらわれたウンディーネは、泣きじゃくりながら夫に死に接吻を与える。
ドビュッシーの『水の精』には、こうした悲恋物語の雰囲気はない。むしろ、おきゃんな妖精少女ウンディーネの雰囲気で、水の性質そのままに気が変わりやすく、気にいらないことがあると水をひっかけたり、するするっと逃げていってしまったり、そうかと思うと脚を踏みならして挑発的なダンスを踊ったり、野性児の魅力たっぷりだ。
でも、とにかく水の精だから、やっぱり危険きわまりないのだ。突発的な動きが多く、すべての動作をあらかじめ準備しておけない『水の精』は、ラヴェルの『オンディーヌ』とはまた違ったむずかしさがある。思わぬところで足(じゃなかった、指)をとられ、もつれたりころんだり。
ほーらしくじった! 水の上で手をたたいてよろこんでいるウンディーネの姿が目に浮かぶようだ。
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