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執筆&インタビュー

連載「6本指のゴルトベルク」/岩波『図書』 2006年11月号


  第5回 インプロヴィゼーション

  マルタ・アルゲリッチがバッハ『パルティータ』を弾くのを聴いたあるジャズメンは、「あなたのバッハはスウィングしている」と言って彼女を喜ばせたそうな。
  「でも、ジャズは弾かないの。だって、インプロヴィゼーションできないから。できたら、どんなによかったでしょう」
  まるでその場で音楽が生まれるかのような臨場感をもった演奏をするアルゲリッチだが、やはり書かれた譜面をその通り弾くように訓練を受けてきたのだ。
  私も即興演奏ができない。だから、奥泉光『鳥類学者のファンタジア』(二〇〇一)のインプロヴィゼーション場面は、とてもうらやましい。
  舞台は、国立の駅から徒歩十分というジャズ喫茶「ナルディス」。フォギーこと池永霧子(フォギーは霧の意)は、ベースのリンゾウさんにコード進行のメモを渡すと、フリーコンセプトの序奏を弾きはじめる。
  「ツーコーラス終わったところで、眼で合図したリンゾウさんは、しかし髭面でにやにや笑うばかりで、もう少しピアノにソロで弾かせようという心づもりらしく、ドラムスのアキビンを眼で制して動く気配を見せず、すっかりあてが外れたわたしは、じゃっかん前のめりになりつつ右手と左手の打鍵のずれでもってリズムをつくりだしながら、緊張と焦燥と快楽のおりなす燃焼感のなか、全力疾走でアドリブを続け、陸上でいうなら競技場を五周くらいしても、しかしリンゾウさんはゆるしてくれず、クソッ、やってくれるゼ、とわたしは内心でののしりつつ、もはやわたし自身の支配を離れて大胆なところへ走り出してしまった『音楽』に追いつこうと・・・」
  文章はあと十行ぐらい読点なしでつづくのだが、これ以上引用していると与えられた枚数が尽きてしまいます、奥泉さん。

  ジャズのライブハウスは一度だけ行ったことがある。音楽ライターさんの集まりに顔を出したら、ジャズ評論家の岩浪洋三さんが、ローランド・バティックという、ジャズとクラシックの両刀遣いのピアニストのライヴに誘ってくださったのだ。
  バティックがライブハウスで披露した『バガテル』は、プロコフィエフ『トッカータ』とバラキレフ『イスラメイ』を足して二で割ったようなオリジナル曲だ。ピアノ・ソロの間は強拍にポイントが置かれているが、ドラムスとベースがはいるととたんにバックのリズムが浮かびあがり、ジャズっぽい雰囲気になるのがおもしろい。
  岩浪さんによれば、ジャズ専門のピアニストに比べて、クラシック畑から来た人はどうしてもちょっとかたくなるとのこと。「かたい」とは、リズムのノリを指すのだろう。クラシックは強拍にボトンと落とすのが基本だが、ジャズはそれを極力避けて弱拍に着地し、リズムをゆらしたりずらしたりする。クラシック出身者のジャズは、そのゆれ具合やずれ具合がどこか杓子定規になってしまうのではないだろうか。
  「ナルディス」のライヴに戻ろう。自分で自分の即興に追いつけなくなったフォギーは土壇場でリンゾウさんに救ってもらい、オリジナル曲「フォギーズ・ムード」にはいる。ドラムスのソロに導かれて「七個の音符(ド−ファ−ラ♭−ド−ミ♭−ラ−レ)からなる主題」がベースで奏され、ピアノが重ねられる。
  アドリブ・ソロをはじめたフォギーは、柱の蔭に誰かが立っているのに気づく。喪服のような黒いスカートに黒いジャケットをつけた女性。ブラウスの袖口の灰色のレース飾りからのぞく病的に蒼白い手。
  「その手はずいぶんと小さかった。けれどもわたしは、短く爪を切った指先の潰れ具
合と、木の瘤めいてごつごつした指の関節の印象から、ただちにそれがピアニストの手、訓練の果てに指が蜘蛛の脚のごとく節くれだった手であると理解し、いったい誰なんだろうと・・・」


  音大のピアノ科に通っていたフォギーも、指先がつぶれ、関節が蜘蛛の脚みたいになるまで訓練した手をたくさん知っていたし、フォギー自身が練習の虫だった。
  演奏を終えたフォギーは、裏階段をかけおり、くだんの手の持ち主をつかまえる。
  「あなた、あそこでピアノ弾いていたひとね?」と黒装束の女性は言い、感想を述べる。ひどい観客ね。あんなに騒がなくてもいいのに。いくら趣味にあわないからといって、演奏を妨害する権利は誰にもないはずだもの−−。
  ん? 彼女は、きっとクラシックのピアノ弾きにちがいない。ジャズとクラシックの何が違うかといって、いちばん違うのは聴衆だからだ。私もジャズクラブ初体験に際しては、拍手するタイミングでずいぶん悩んだものだ。一曲終わるまで拍手「してはいけない」クラシックと違って、ジャズは演奏に感動したら、曲の途中でも拍手「しなければならない」。
  くだんの手の持ち主は、もうひとつ不思議なことを言う。「Cからはじまる七つの音。あれ、オルフェウスの音階でしょう? いったいどこで覚えたの?」
  「フォギーズ・ムード」の主題は、たしかにC(ド)からはじまる七つの音符からなっている。でも、オルフェウスの音階なんて見たこともきいたこともない。
  黒装束の女性は天空にむかってのびをして長いためいきをつき、「これで眼がさめちゃえば、またベルリンの冷たいベッドのなかなんだわ」とつぶやく。
  ここでフォギーは、ベルリンで客死した祖母に思いをはせるのである。クラシックのピアニストで曽根崎霧子といい、フォギーの芸名は彼女にあやかってつけられた。
  十五歳でベートーヴェン『皇帝』を弾いて天才少女と謳われた霧子は、結婚してフォギーの父を生み、音楽評論家と駆け落ちしたあと官費留学生として大戦前夜のウィーンに留学。その後ベルリンに移り、神秘主義的な傾向をもつ作曲家ギュンター・シュルツに師事していたが、一九四四年春を境に空襲の激化するベルリンで行方知れずとなる。
芸術上の行き詰まりから自殺したのではないかとうわさする人もいた。


  『鳥類学者のファンタジア』はひとつのセンテンスも長いが、お話そのものも長くて、とてもダイジェストしていられない。結論からいえばフォギーは、ひとつひとつの音が太陽、水星、金星など七つの天体にあてはめられた「オルフェウスの音階」に導かれて四四年末のベルリンにワープし、曽根崎霧子に再会(というか、霧子が先に国立にワープしてきたのだが)する。行方不明だったはずの霧子は、師のシュルツが率いる「神霊音楽協会」(あやしい・・・)に所属し、ベルリン西郊の城館に住んでいた。
  そこでもちろんいろいろな事件が起きるし、奥泉さんの巧みな話術で顔中しわだらけになるぐらいおもしろいのだが、ここでは霧子とフォギーのクラシック=ジャズ談義に焦点をしぼることにしよう。考えてみれば、ジャズ・ピアニストの孫が半世紀を経てクラシックのピアニストの祖母に会うなどというシチュエーションでもなければ、同じピアノなのにスタイルも考え方もまるで違う弾き手が意見を交換する運びにはならなかったろう。
  城には音楽室が六つもあり、各部屋にも広間にもピアノが置かれ、霧子は二六時中弾いている。さきほど、クラシック出身のピアニストの弾くジャズが「かたい」という話をしたが、霧子の弾き方の「かたさ」がどうも気になるとフォギーは思うのだ。指はまわるしタッチは正確無比なのだが、スタイルも奏法も音もかたい。かといって、フォギーがいちばん影響を受けたバド・パウエルのようにわざと音楽性を殺し、別の美しさを演出するスタイルとも違う。霧子自身が自分の音を嫌悪していて、耳をふさいで弾いて
いるような。
  夕食会で「浜辺の歌」の即興演奏を披露したフォギーに霧子は、「あなた、ピアノを弾いていて、気持ちがいいの?」ときく。フォギーがうなずくと、「ピアノを弾いて気持ちがいいなんて話をこの耳で聞くとは思わなかったわ」と言う。
  子供のころは、まわりが褒めてくれるのが気持ちよかっただけだ。本格的にやりはじめてからは、どちらかといえば苦痛だった−−。音大時代、「本当はピアノが好きじゃなかったの」などと告白する同級生に仰天したフォギーだが、霧子もそのクチらしい。


  「音楽はべつに人を楽しませるためにあるわけじゃないわ」と霧子は言う。冗談じゃない、人間が歌ったり踊ったりするのに「楽」をとってしまったら何が残るんだ? それじゃ何のためにあるのかときくと、「真理に奉仕するためよ」と霧子は返す。
  価値あるものを真・善・美にわけると、音楽は「真」に属している、真理であるがゆえに美しくもあるが、決してその逆ではないというのが霧子の主張だ。なるほど、それでクラシックのコンサート会場では、「真」であろうとして美しくも楽しくもない音楽が蔓延しているのか。
  クライマックスのインプロヴィゼーション・シーンもド迫力だ。霧子は「神聖音楽祭」で、「オルフェウスの音階」をテーマにしたシュルツの『ピアノ・ソナタ作品19』を弾くことになり、フォギーが譜めくりをつとめる(クラシックは基本的に暗譜だが、現代音楽は譜面を見てよいことになっている)。ところが、心霊現象か何かで演奏途中に照明が落ちてしまい、譜面台を照らしていたライトも消える。「お願い!」と叫ぶ悲痛な声を聴いたフォギーは、真っ暗ななかで鍵盤をひきつぐ。
  そのピアノがまた、普通に弾くと自然に「オルフェウスの音階」が鳴るように調律(フィボナッチ音律というらしい)されている。手がおぼえたポジションで弾いても、出てくる音は、ぎえっ、とか、うぎゃっ、とか思わず声をあげたくなるような奇っ怪な音の集積なのだが、ええままよ、ピアノさえあれば、弦が切れていようがどんな目茶苦茶な調律だろうが、何事かなしてみせるのが、ジャズ・ピアニストの心意気というものだ。霧子のためではなく、「音楽」それ自身のために。始めてしまったものは途切らせる
わけにはいかない、行くしかないと思ったときには、本当にもう行くしかない。それがジャズだ!
  何年もかけて他人のつくった曲を練習し、おぼえ、それでも足りずに何回もリハーサルし、会場に並べた二台の楽器を三時間ぐらいかけて選定し、それでも足りずに調律師にあれこれ文句をいい、コンサートが始まったら観客がくしゃみしたから、とか、ケータイが鳴ったからとか、失敗の原因を人のせいにしてきた私は、大いに反省しとりますです。

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