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第4回 イメージ・トレーニング
S・J・ローザンのリディア・チン&ビル・スミス・シリーズは、中学の同級生、直良和美が翻訳している。若い中国系女性とアイルランド系の中年男という二人の私立探偵が交替で語り手をつとめる、ちょっと変わった趣向のハードボイルドだ。
その第二弾『ピアノ・ソナタ』を読んで、のっけからびっくりした。ブロンクスの老人ホームで起きた殺人事件の調査を依頼されたビル・スミスは、ホームに向かう道すがら、テープデッキから流れる音楽に耳をすませる。セットされているのはシューベルトの『ピアノ・ソナタ変ロ長調』。しかも、リチャード・グードの演奏で!
グード(グールドの誤植ではない、念のため)は、本当に知る人ぞ知るの渋いピアニストで、一般の読者がすぐに顔と演奏を思い浮かべられるような名前ではない。何しろ、長らく室内楽の領域で活躍していて、ソロ・デビューしたのは四十四歳のときなのだから。
七〇年代のメカニズム至上主義もすぎ、聴衆が人間味のある演奏を求めるようになった時期と合致していたのが幸いした。シューベルトのソナタは玄人すじの評価が高い名演で、厳格な様式感を保ちながら、慈愛に満ちた表現が浸み入ってくる。
シューベルトが死の二ヶ月前に書いたこのソナタそのものが玄人ごのみ中の玄人ごのみ。村上春樹が『海辺のカフカ』でとりあげるまでは、少なくとも一般的にはほとんど知られていなかったのではないだろうか。しかもビルは、「わたしはもっか、この曲を練習している最中で、今朝四時に心臓が早鐘のようにうち、顔を汗びっしょりにして夢から飛び起きた後も弾こうとしてみた」と書いているのだ。
シューベルトの変ロ長調を弾くハードボイルドの探偵さん。
ビルは、妻と離婚し、一人で育てていた愛娘のアニーを自動車事故で亡くしている。悪夢に出てくるのは、いつもそのシーンだ。といっても、仕事に出ていたパパは、娘を一人で死なせてしまった。だから、余計無力感がつのる。
「ブロンクスの早朝の明るい太陽のもとで、恐怖、怒り、あきらめ、絶望といった感情がシューベルトの曲に姿を変え、水のように打ち寄せてきた。目を閉じて、指で音をなぞる」
ビルがピアノを練習できるのは、朝の出勤前か、一日中事件を追って疲れ果てて帰ってきた夜にかぎられる。だから、ときどき頭の中でイメージトレーニングをする。
専門家でも、いつもピアノで練習するとはかぎらない。楽器を弾くと、どうしても運動的なことにとらわれがちになる。本を読むように楽譜を読み、構造がどうなっているか、どこに伏線があるか、クライマックスに向けてどのように設計されているか、などを冷静に判断するのも大事なことだ。リサイタル前には、ビルと同じように目を閉じ、頭の中で音を鳴らしてみる。楽譜を思い浮かべ、架空の指も動かしながら。
同シリーズの第四弾『どこよりも冷たいところ』には、きわめて印象的なシーンがある。ビルの役目は、工事現場で多発する盗難を調査するためにレンガ工として潜入することだった。仕事が終わり、作業員が立ち去り、事務所が閉まるまでの間、レンガの洞穴に身をひそめ、そのとき練習中だったスクリャービンの練習曲を頭の中でさらって時間をつぶす。
「理解していない箇所、不鮮明な箇所を何度も繰り返す。音符や楽節を心の中で自由に泳がせてみたが、突然転調したり、不協和音としか思えない音が入っていたりする理由が氷解するということは起こらなかった。しかし、時には自分なりに幾度も試しているうちに、力の及ばないところ、理解さえできないところで音楽そのものが問題点を解決してくれるということが起こる。ある日、ピアノの前に座ると、それまでになかった解釈、いつ芽生えたのかわからない解釈が生まれているのだ」
つい長々と引用してしまったのは、ひたすら感心しているからだ。スクリャービンの練習曲のように、テクストが錯綜し、単に音を拾うのすら困難な楽曲の場合、ピアノ科の学生は楽器にしがみついて、むずかしい場所を反復するだけで練習を終わらせてしまう。しかしスミスは、楽器もなしに、目の前に楽譜もなしに、頭の中でこみいったテキストを解きほぐそうとしている。勤め先の音大に公開レッスンに来てほしいぐらいだ。
ブロンクスの老人ホームに戻ろう。殺された警備員のかわりに職員としてはいりこんだビルがホーム内を探索中、廊下の奥からショパンのピアノ曲が聞こえてくる。ヘ長調のバラードというから、牧歌的な序奏と嵐のような場面が交替する第二番だ。
弾いていたのは入所者で、アイダ・ゴールドスタインという名の元ピアノ教師である。ビルは、「弾き手の伎倆にも作品にも値しないピアノ」で感情をこめて弾くアイダの演奏にじっと聴き入る。その様子を見た彼女は、「ピアノを弾くのね?」ときく。理由は、そんなふうに一心不乱に聴くのは音楽家だけだから。アイダの生徒にもときどきそういう子供がいた。百人にひとりいるかいないかの、本当に才能のある子だった。
勤務を終えたビルが、少し聞き込みをして自宅に帰ると、六時半近くになっていた。ピアノの前に座り、まず指ならしをしてから、一日じゅう頭の中で鳴りひびいていたシューベルトを弾く。このソナタは演奏時間三十分をゆうに超えるのだが、一週間前から全曲通して弾けるようになった。
「今朝よりはるかにうまく、曲の核心に迫って弾いている。間もなく、曲を十分理解し、時計職人のように小さな部分を調整し、磨き上げることができるだろう。その時、音楽がわたしにもたらしたもの、わたしが音楽にもたらしたものが、指から紡ぎ出されてくる」
ビルは、自分のピアノを決して他人に聞かせない。相棒のリディアもそのことをよく心得ていて、部屋からピアノの音が聞こえてくるときは、ドアの外で待っている。
ある日、ブロンクス・ホームに行ったビルは、例のピアノ室でアイダが何やらむずかしそうな曲を弾いているところに出くわす。おそるおそる「リストですか?」ときくと、彼女は「そうよ。メフィスト・ワルツの二番」と答える。有名なのは一番のほうで、誰でも弾く。でも、二番を弾く人はいない。なぜか。
アイダの答えは、ちょっと悲しい。
「老いについての曲だから。シューベルトは若死にについて、作曲した。誰だって理解できる。大いなる悲劇だもの。リストは老いを作曲した。意地が悪い曲よ」 弾いてみる? あなたなら初見で弾けるでしょう? とうながされたスミスは、「人前では弾かないんです」とだけ答える。その理由は、第六作まで読んだ読者にもまだ知らされていない。
ビルは、ピアノに向かう時間を大切にしている。ショーティーズのバーの屋根裏部屋を改造してピアノを置き、ほんの少しでも時間を見つけるとタイマーをセットして練習する。弾いている間はすべてを忘れ、ペダルを踏むタイミング、フレーズをいかに響かせるか、どのように弾きとおすかというようなことに没頭する。仕事の電話がかかってくると、雷にうたれたように現実にひきもどされる。
休暇を過ごすためにニューヨーク北部に山小屋を持っていて、古いボールドウィン(アメリカのヤマハに当たるメーカー)のアップライトを置いている。寒暖差や湿気を防ぐため、リビングルームの暖房は低温でつけっぱなしにしておく。訪れる数日前には調律もしてもらう。こうした経費はバカにならないが、すべてはピアノのためだ。
山小屋には電話がないので、誰にも邪魔されずピアノに浸ることができる。リディアは、相棒が忽然と姿を消してはまた戻ってくることを自然にうけとめている。
『ピアノ・ソナタ』では、ピアノ弾きなら息も止まるようなシーンも描かれている。ホームの事件の関連で、コブラと呼ばれる暴力団の本拠に呼びつけられたビルは、自分たちのために働けという首領のスネークの要請を断り、いためつけられる。ビルの左手首は椅子の腕木に固定され、右手は掌を上にして、やはり固定される。
「手をやるつもりだ。ああ、何てことを。脇腹を汗が流れ落ちるのを感じた」
スネークはコブラの形のペンダントをしている。それをはずし、やっとこではさんで真っ赤に焼く。右腕にコブラが押しつけられたとたん、指先から肩まで焼き尽くすような激痛が走った。ビルは、自分の肉が焼ける匂いで、息が詰まった。
読むほうも、息が詰まった。まぁ、とりあえず指じゃなくてよかった。
事件は解決し、不正を暴かれたホームは閉鎖に追い込まれ、アイダはニュージャージーの施設に移ることになった。とてもきれいなところだが、ピアノがないのだ、と彼女は見舞いに来たビルに話す。それから彼の腕をしげしげと眺め、「怪我をしてから、弾いてないんでしょう?」と言った。
ピアノを弾くどころか、ビールの缶すらあけられない。
ここでビルは、ちょっとした鼠小僧モドキを演じる。殺された警備員がため込んでいた裏金でボールドウィンの小型グランドを買い、ニュージャージーに行くアイダにプレゼントしたのだ。
それから、家に帰って自分のピアノの前に行き、少し躊躇したあとで椅子に座る。両手を握っては開いてみる。きっと力がなくなっている、弱くてたどたどしいぞ、などと自分に言いきかせつつ、指ならしをする。固い鍵盤の手ざわりをなつかしみながら。
「ようやく、シューベルトに取りかかった。ほとんど、暗譜していた。少なくとも、初めのうちは−−だが、それから間違い始めた。楽譜を出して、譜面台に広げ、もう一度始めた。もう譜面を間違えることはない。だが、音符を並べていく作業をしているだ
けだった。時計職人の楽しみは失われてしまった」
でも大丈夫! 『どこよりも冷たいところ』でビルは、演奏至難で知られるスクリャービンの「一連の練習曲」にとりくみ、「冷たい滑らかな鍵盤がほとんど感じられないほどに軽く指に従う」のを感じ、アルペジオは滑らかに、スタッカートは思うさま歯切れよく弾けるようになるのだから。
ビル・スミスがこれからどんな事件を解決し、どんな作品を弾いていくのか、シリーズの今後が本当に楽しみだ。
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