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執筆&インタビュー

ドビュッシーとの散歩/「音遊人」 2006年8月号

  第3回 ミンストレル
 
  ドビュッシーの『前奏曲集第一巻』の第12曲「ミンストレル」を「吟遊詩人」と訳しているCDがかなりある。
  冗談じゃねーよー、と思って辞書をひいてみた。「吟遊詩人」とは、各地を放浪して歌唱演奏する詩人音楽家のこと。十一〜十三世紀南フランスを中心としたトゥルバトール、十二〜十四世紀ドイツのミンネゼンガーは貴族や騎士階級だったが、彼らに仕えた職業音楽家はジョングルールと呼ばれたという。
  次に「ミンストレル」をひいてみると、語源はフランス語のメネストレルで、貴族の吟遊詩人から大道芸人的なものまで多様な意味をもつ、と書かれている。起源は十二世紀にさかのぼる。ヘンリー二世とフランスのエレオノール・ダキテーヌとの結婚によって北フランスの一部がイギリスに併合され、その地のメネストレルが南イングランドに移住して英語風にミンストレルと呼ばれた。のちに「王のミンストレル」として特許状をもった団体になり、イギリス音楽の発展に重要な貢献をした、とある。
  ふーん、じゃ、あながち間違いでもないんだ。でも、ドビュッシーのミンストレルは、もうひとつの意味、アメリカの音楽演劇団「ミンストレルズ」のことなのである。ルーツは一八二〇年代に南部の農場で発生した「ミンストレル・ショー」で、一八四三年からは「ヴァージニア・ミンストレルズ」という楽団が人気を博した。

  何をやったかというと、白人なのに顔を黒く塗り、バンジョーやカスタネットを使って黒人のダンス音楽を演奏したり、歌と踊りをまじえた道化芝居を演じたりしたという。そういえば、昔、シャネルズというバンドがあったっけ。
  「ミンストレルズ」は本国だけではなくヨーロッパ各地にも巡業してまわった。このあたりは、「放浪芸術家」の「ミンストレル」と変わりない。ドビュッシーは一九〇五年夏、避暑先のイーストボーンで「ミンストレルズ」のショーに接している。  ドビュッシーは、けっこう寄席やミュージックホールの出し物が好きで、ロートレックが出入りしていた「レノルズ」というカフェでは、「フーティとショコラ」という道化師がお気に入りだった。モンマルトルのレビュー小屋「フォリー・ベルジェール」にも通いつめ、照明の効果を駆使したロイ=フラーの「螺旋ダンス」に夢中になった。この「螺旋ダンス」でロイ=フラーが使った透明なヴェールから、『前奏曲集第一巻』の第二曲「帆(ヴェールの意味もある)」が生まれた。
  ここで問題になるのは、聴くほうにせよ、弾くほうにせよ、イメージのもち方である。宮廷で優雅に音楽を奏でる吟遊詩人と、トンボを切ったり滑稽な寸劇を演じたりする「ミンストレルズ」とでは、どう考えても合わせる周波数というものが違う。
  穿った見方をすれば、「吟遊詩人」と訳す人は、ドビュッシーを、あくまでもお上品なおふらんすの音楽の中にとじこめておきたいのかもしれない。

  というわけで、勝手にシナリオをつけて、「ミンストレル」を解説してみよう。イントロは、バンジョーをかきならしたり、合いの手にドラムを入れたりしているところ。装飾音を鋭く入れたりわざとばらしたり、間をあけたりつめたり、目いっぱい遊んでほしい。
  左右の手が激しく交替するところは、芸人がトンボを切っているのかな? そのあとのスタッカート部分は、タップダンスかもしれない。テンポがゆるんだところで、低音にベースのピツィカートがあらわれ、三本の管楽器がものうげなモティーフを吹く。ドビュッシーが楽譜に書いた指示は「バカにしたように」。
  「ドラムのように」と書かれた大音量の連打音がとだえると、突然安っぽい寸劇がはじまる。ジャックとベティが大急ぎで愛を告白し、大げさな身ぶりで抱き合う。でもすぐに茶化したようなモティフに邪魔されてしまう。
  長ーいフェルマータのあと、装飾音の主題が再現され、ドラムの連打音が回想され、最後に全員がトンボ返りしておしまい。
  チャンチャン。
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