【連載】「青柳いづみこのひとりごと3(終)」(読売新聞 Monday WOMAN 2002年10月28日夕刊)

片付けても 半日で散らかす私

モノ書きの部屋、というのは、散らかっていていいことになっているらしい。よく雑誌などで「……先生の書斎」というグラビア記事を見かけるが、本棚にはいりきらなかった本が机の上に積み重なり、それだけでは足りなくて、床にまで散乱している。

これを片づけてしまったら、ひと悶着起きるだろう。当のご本人としては、どの資料はどの本の下、とか、床のあの辺りとか、散らかり具合でおぼえているからだ。

かくいう私のモノ書き部屋も、すごい。パソコンのまわりは、本やCDの他にも、指輪に腕時計、EMSベルトに電池、目薬に水虫の薬、リップクリームに爪切り、ハブラシに耳カキ、お茶のコップにチューハイの空き缶……。

これがピアニストの部屋になると、貴族のサロンのように優雅で洗練された家具調度に、しゃれた小物の数々をおさめた飾り棚、大きな花瓶には薔薇の花が活けてあって、ピアノはピカピカに磨きあげられ……。いや、別に法律があるわけではないんだが、何となくきれいなお部屋が当たり前、という暗黙の了解のようなものがある。

私はピアノ弾き兼モノ書きだから、足の踏み場もない書斎を逃れ、歩いて十三歩の廊下をわたっている間にすっかり人格が変わり、ピアノ室にはいったとたん、整理整頓大好き人間に変身して……なわけないじゃないですか。

まだ、自宅で個人レッスンしていたころは、生徒さんがみえる週末になると掃除機を持ち出し、最低限見苦しくない程度には表面をとりつくろっていたものだが、やめてしまってからは、まるで文士の書斎並みになっている。

悲劇だったのは、ある音楽雑誌から、そのものズバリ「ピアニストの部屋」というコーナーの取材依頼が来たとき。記者の方は、散らかっていてもかまいませんよ、なんぞと涼しい顔でおっしゃるが、毎号毎号、すばらしいお部屋の写真を見せつけられているから、ミットモナイコトハデキナイ、とばかりに生徒さんに非常招集をかけ、半日がかりで「お片づけ」した。

ピアノを聴くと、その子のお部屋がきれいかどうか、すぐわかるヨ――。 昔習った先生によく言われたものだ。片づけ上手な子は、テクニックも楽譜の読み方もキチンとしている。それで、お部屋がぐっちゃぐちゃな子は、ピアノもぐっちゃぐちゃだからね。

この反対、つまり、部屋を片づけるとピアノの方も整理されるかどうかは、せっかく「お片づけ」しても、半日たつとまた散らかしてしまう私には、見当もつかない。

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