【連載】「花々の想い…メルヘンと花(終)」(華道 2004年12月号)

アンデルセン『ある母親の物語』

アンデルセンの『ある母親の物語』は、読むたびに涙してしまう。ある冬の夜、幼い坊やの看病をしていた母親のもとに、死神が訪れる。彼は、母親がちょっとうとうとしたすきに坊やを連れ去った。

必死になって子供を追いかける母親は、途中で出会った「夜」に道をきく。「夜」は、母親が子供に歌ってやった子守歌を全部きかせてくれたら行き先を教えようと言う。母親は、歌っては泣き、泣いては歌った。

イバラのやぶは、道をきく母親に、自分を暖めてくれなければ教えないという。母親がイバラを抱きしめると、緑の葉が吹き出て花が咲いたが、母親の胸は血だらけになった。

母親が次に行き当たったのは、氷のはった大きな湖である。湖は、母親の目をくれれば通してあげよう、と言った。母親の二つの目は湖の底に沈んで、美しい真珠になった。

こうして母親は、死神の家に行き着く。そこには温室があり、沢山の花が咲いている。すべての花には命があり、動悸を打っている。母親は、心臓の音をたよりに坊やの花を探し出した。それは、小さな青サフランの花だった。

戻ってきた死神は、湖の底に沈んでいた二つの目を母親に返す。そして、深い井戸の底を見せる。そこには幸せに満ちた人生と苦しみに満ちた人生が映し出され、そのどちらかが坊やの運命なのである。母親は、すべては神様の御心のままなのだということを悟る。

ドビュッシーの年若い友人だった劇作家ルネ・ペテールは、一八九六年、この話をもとに『死の悲劇』という戯曲を書いている。作品がとても気に入ったドビュッシーは、友人で人気作家のピエール・ルイスに序文を書いてもらい、ルイスの紹介でメルキュール・ド・フランス社から出版させた。

その後『死の悲劇』はアントワーヌの自由劇場で上演されることになり、ドビュッシーは冒頭のシーンのために、「むかしむかし、美しい王杖を持った妖精がいました・・・」ではじまる『子守歌』も作曲している。

エンデ『モモ』に出てくる「時間の花」も、アンデルセンの「命の花」にヒントを得たのだろう。

時をつかさどるマイスター・ホラに連れられて時間の国を訪れたモモは、そこで不思議を光景を目にする。大空と同じぐらい大きな丸天井の下にまんまるな池がある。巨大な水面は真っ黒で、鏡のようになめらかだった。

黒い鏡の上には、巨大な振り子が行きつ戻りつしている。振り子が池のへりに近づくと、黒い水面に大きな花のつぼみがすぅっとのびてくる。やがてつぼみはふくらみ、あでやかな花を咲かせるが、振り子が遠ざかるにつれてしおれはじめる。花びらが一枚一枚散って、暗い水の底に沈んでいく。そのころ、池のむこう側では別の花がつぼみをつける。

次々に咲く花はそのどれもが前の花とは違っていたし、咲くごとに、それまで見たこともないほど美しかった。

ひとつひとつが、人間の命の時間だったのである。

2004年12月21日 の記事一覧>>

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