【連載】「ヴィンテージ・ピアニストの魅力 第6回 柳川守」(音遊人 2014年3月号)

柳川守さんは一九三二年生まれ、今年八一歳になるピアニストである。

まだ高校生のころにラザール・レヴィの公開講座で演奏したところ強くすすめられてパリ音楽院に留学。最高の成績で卒業し、カラヤンとラフマニノフ『ピアノ協奏曲第二番』を共演した。カラヤンの紹介によりイギリスのコロムビアでレコーディングも果たしたが、完璧主義の柳川さんはリプレイを聴いて「まだ自分の納得のいく演奏に仕上がっていないから・・・」と商品化を辞退してしまった。

その後、道を求めてさまざまな方向を模索し、満を持して帰国したときは日本のピアノ事情もすっかり変わり、新たな若き才能の出現に沸き返っているころだった。

私はインタビュー集『我が偏愛のピアニスト』で柳川さんにお話を伺い、人気や世の趨勢に左右されることなく、愚直なまでに自分の理想を追い求める姿に深い感銘を受けた。

二〇一三年十月三十日、柳川さんの恒例のリサイタルが東京文化会館小ホールで開かれた。この日のプログラムは、ベートーヴェン『熱情』ソナタ、ショパン『即興曲第三番』と『葬送ソナタ』、後半にムソルグスキーの大作『展覧会の絵』という堂々たるもの。しかも、すべてのプログラムが暗譜で演奏された。

背丈こそ小柄だが、柳川さんは腕が長く、手も大きい。低めの椅子に坐って肘をぶら下げて弾くスタイルは、チリの名ピアニスト、クラウディオ・アラウを思い起こさせる。

八十代後半まで現役をつづけたアラウは、柔軟性に恵まれ、これ以上ないほど合理的で自然な奏法だった。柳川さんもまた、まったく無理を感じさせない弾きぶりである。

『熱情』ソナタの出だしからして、楽器がすみずみまで鳴り切っていることに打たれた。つづくトリルでは音が実に美しくそろっている。和音にもじゅうぶんな重さがかかって会場全体に響きわたる。重力奏法のお手本のような弾き方だ。

柳川さんは八〇代だが、少しも枯れていない。近ごろ、若いのに老境にはいったような演奏をするピアニストを見かけるが、柳川さんは目を輝かせて一生懸命弾く。どんな難所でもベテランらしくフェードアウトしたり、力を抜いたりせず、真正面から立ち向かう。ときにミスタッチも出るが、音楽的には実によどみなく流れているので、少しも気にならない。かえって潔さが好印象を与える。

圧巻はムソルグスキー『展覧会の絵』だった。「プロムナード」のファンファーレからして、これがピアノの音かと思うほど、金管楽器のイメージが迫ってくる。モティーフが和声づけされると、バスが深みのある音で進行し、きらめく高音の拡がりがすばらしい。 威風堂々としたオープニングから一転して「こびと」では、凄味をきかせたグロテスクな音楽。「古城」では八分の六拍子に乗って、ひなびたメロディが奏でられる。「遊んだあとの子供たちの口げんか」という副題のついている「テュイルリー庭園」では、明るく賑やかなサウンドが公園の喧噪を奏出する。

「ビドロ」は民族の哀しみを重厚な和音にぶつける。「卵の殻をつけたひなどりのバレエ」では装飾音を思いきりはねあげてコミカルな雰囲気を演出し、「ザムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ」では腕を回転させるような動きで訴えかけるようなパッセージを奏でる。「リモージュの」連打音を弾く手首の、まぁしなやかだったこと。

それぞれのタブローにふさわしい色合いを楽器から引き出し、間のとり方も絶妙で、三十分以上の大作を少しも飽きさせない。

まるで管弦楽を聴いているような極彩色の「展覧会」で、血湧き肉躍る演奏だった。

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