【連載】「ヴィンテージ・ピアニストの魅力 第19回 平尾はるな」(音遊人 2017年夏号)

二〇一六年十月三十日、平尾はるなのデビュー五十周年記念コンサートを聴いた。

一九四二年、作曲家平尾貴四男の娘として生まれ、一柳慧『タイム シークエンス』をはじめ多くの現代作品を初演し、多くの現代音楽の弾き手を育てた名伯楽でもある。

十年ほど前からスポーツのトレーニングを取り入れた新しいピアノ奏法の研究をはじめ、ウィーンの銘器ベーゼンドルファーに特化して美しい響きを探求している。リサイタルでは、その成果が見事に結実していた。

前半は、モーツァルト『デュポールのメヌエットによる九つの変奏曲』、サティ『ジムノペディ第一番』『三つのグノシェンヌ』『星たちの息子への前奏曲』、そして『金色の粉』。

前年の秋に大病を患って手術、この夏には足を骨折して再び手術した平尾は、練習を再会してまだ二か月足らず。装具をつけての歩行も辛そうだったが、ひとたびピアノの前に座ると、手首を利用したしなやかな奏法で妙なる音を紡ぎだす。ゆったりと奏された『ジムノペディ』とは逆に、大きくテンポを揺らす『グノシェンヌ』が魅力的だった。エキゾティックなメロディが美しく、フレーズの間から音楽が湧き出てくる。

『金色の粉』は、サティがミュージックホールの仲間たちのために書いたセンチメンタルなワルツだが、平尾のピアニズムにかかると洗練された味わいを増す。軽やかなタッチで二拍めと三拍めの間をはずませ、甘美なメロディを自在に操る。かと思うとオクターヴの連続で豪快に盛り上げる。最後の和音を弾き終えたあと、隣席から「かっこいい!」というつぶやきが漏れたが、まさにその通りの演奏だ。

後半は西村朗の『ピアノのための〈星の鏡〉』で開始する。演奏前に 尾から奏法についての説明があった。一九九二年に書かれ、作曲者によればソステヌート・ペダル(中央にあり、踏み込んだ音だけが残る)のエコー効果を利用し、「旋律の一音一音に水の波紋のような残響のオーラを与えようと試みた小品」とのこと。当夜の使用楽器インペリアルは通常の八十八鍵の下にさらに九鍵あり、そのぶん響板も広いから倍音も出やすい。

平尾の発案で、その九鍵をあらかじめ押し下げてソステヌート・ペダルを入れ、特殊な倍音が出るように 設定して演奏された。

通常の現代音楽と違って音の数は少ないが、平尾がそのひとつひとつを磨き抜かれたタッチで打鍵すると、強いきらめきとそこから派生するもやのような残響が空間にひろがり、あたかも天空にまたたく星のように神秘的なサウンドで満たされる。

ついで、平尾がもっとも得意とするプーランクの小品。軽やかさと変幻自在な場面転換。洒脱さにしのば せた皮肉。そして、意外な残酷さ。「エディット・ピアフを讃えて」という副題をもつ『即興曲第十五番』がすばらしかった。さらっと弾いているようで随所随所に滲み出る寂寥感。ことさらに歌いあげるのではないけれど、秘めたる情念が伝わってくる。

ラストはエストレリータ・ワッセルマンのナレーションとともに『小象ババールの物語』。猟師に母親を殺されて一人ぼっちになったババールが、街で親切な金持ちのお婆さんの世話になり、やがて森に帰って象の王さまになるまでを描く。音のひとつひとつが表情をもち、語りかけてくるピアノを久しぶりに聴いたような気がする。

平尾はるなの指先が紡ぎだす万華鏡のような音のきらめきに魅せられた一夜だった。

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より

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