【連載】「ヴィンテージ・ピアニストの魅力 第18回 エリザベート・レオンスカヤ」(音遊人 2017年春号)

昨年十月、渋谷で「シーモアさんと、大人のための人生入門」を観た。八十九歳になるアメリカのピアノ教師へのインタビューとピアノ演奏を中心としたドキュメンタリー映画だ。

シーモア・バーンスタインは一九二七年ニュージャージー州生まれ。ナディア・ブーランジェやジョルジュ・エネスコにも師事し、活発な活動を展開していたが、五十歳のとき商業主義に疑問を感じてステージから引退。以降は”ピアニストの臨床医”として全米でひっぱりだこだという。

全編を流れるシーモアの演奏は、虚飾を排した表現と人間的なぬくもりのある音が魅力だ。「じぶんの心と向き合うこと、シンプルに生きること、成功したい気持ちを手放すこと。積み重ねることで、人生は充実する」というコメントと重なりあう。

その少しあとにサントリーホールでエリザベート・レオンスカヤの演奏を聴いて、シーモアの言葉がそのまま音になったようだと思った。

レオンスカヤは、ヴァイオリンのオレク・カガン、チェロのナターシャ・グートマンとともにリヒテルが愛し、世に送り出したピアニストだ。一九四五年、グルジアのトビリシ生まれ。この連載でも取り上げたエリソ・ヴィルサラーゼと同郷だ。

リヒテルは、ブルーノ・モンサンジョンのドキュメンタリーの中でふたりのことをこんな風に評している。「いっしょに弾くのがいつも楽しいリーゼ(エリザベート)・レオンスカヤ、シューマンを弾かせると比類のないピアニスト、エリソ・ヴィルサラーゼ」。

二〇一五年、リヒテル生誕百年を機に「東京・春・音楽祭」で三十二年ぶりのリサイタルを開いたレオンスカヤは、二〇一六年は七十歳にして初のN響定期出演。ロシアの若手指揮者トゥガン・ソヒエフの指揮でベートーヴェン『ピアノ協奏曲第三番』を演奏した。

リヒテルは一九七四年一月十一日付けの「日記」で、オレク・カガンとレオンスカヤの弾くモーツァルトとシューマンのソナタを聴き、「ヴァイオリン・パートのほうが本質的に女性的なのに対してピアノ・パートは男性的」という感想を述べ、「これはまたふたりの音楽家の性格にも対応していて、両者のアンサンブルに自然でハーモニーに富む統一感をもたらしていた」と書いている。

ジェンダー的には反対なのだが、N響の共演も同じような印象で、がっしりと骨太な音楽をやるソリストに対して指揮者は細やかな棒でベートーヴェンの抒情情性を強調。相乗効果で、聞き慣れた名曲がとても新鮮に聞こえた。

レオンスカヤは堂々たる体格で手もとても大きい。肩から長く腕をのばし、手首をやや上げた形で無理なくタッチする。その音はやわらかく慈愛に満ちていて、フレージングはシンプルなのに表情豊かで、絶妙なペダリングとともにすばらしい効果をあげている。

終始悠揚迫らざるテンポで弾きすすんだレオンスカヤだが、第三楽章のラスト、短いカデンツァのあとでオケのほうを向き、やおらものすごいテンポでプレストを弾きはじめた。つづくパッセージも疾風怒濤の勢い。あらためて、この人はモスクワ音楽院のヴィルトゥオーゾなのだ、でもその技術は音楽に奉仕するためだけにしか使わないのだと思った。

アンコールはショパンの『ノクターン作品二十七−二』。寄せては返す波のように揺れる左手の上で主張しすぎることなく、でも刻々と変化する気持ちを余すところなく伝える右手のメロディ。まさに、「積み重ねることで、人生は充実する」と思わせる演奏だった。

2017年3月2日 の記事一覧>>

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