【連載】「ヴィンテージ・ピアニストの魅力 第12回 エリソ・ヴィルサラーゼ」(音遊人 2015年秋号)

グルジアのトビリシ生まれの黒髪のピアニスト、エリソ・ヴィルサラーゼのことは、ます教育者として知った。第十五回チャイコフスキー・コンクール。予備予選から聴きにいき、好ましいと思ったコンテスタントがみなヴィルサラーゼ門下だった。

それぞれが個性的で、先生の解釈を鵜呑みにしているとか、先生に弾かされているという印象がない。しかも実に色彩感豊かなピアニストぞろいで興味をもった。

七十二歳というからアルゲリッチ、ポリー二やバレンボイムと同世代。二十歳の若さでチャイコフスキー・コンクールに三位入賞、二十四歳でシューマン・コンクールを制したというが、上記三人のような華麗な演奏歴はない。知る人ぞ知るいぶし銀のピアニストと言うべきか。

二〇一五年七月二十日、ヴィルサラーゼが講師をつとめる霧島国際音楽祭でシューベルト、リスト、モーツァルト、シューマンによるリサイタルを聴いた。

ゆったりと腰掛け、楽しそうに身体を左右に振って弾く。強調したいフレーズでは、ほとんど横向きになるほど両肩をぐいとひねる。

シューベルト『即興曲作品九十』の第一番は、ささやきかけるようなボルタメントで始まった。ピアニッシモの濃淡で描かれる上声と下声の呼び合いが実に魅力的。この作曲家特有の転調、連打の問に長調から短調へするりと移り変わるあたりがさりげなく、しかし印象的に表現される。

リストがシューベルトのワルツを編曲した『ウィーンの夜会』も、エレガントで床わい深い演奏だった。ヴィルサラーゼが手首をかすかにふるわせ、引きよせ、肘をポーンとはねあげると、それだけであたりが華やかになる。

休憩後、モーツァルトの『ソナタK三三』は呼吸するようなフレージングと空気感のあるリズムで生き生きと演奏された。終楽章の『トルコ行進曲』はヤニチャーレン・ペダルを模したアルペッジョがバラランと鳴って爽快である。

つづくシューマン『アラベスク』はファンタジーに満ちた演奏で、ヴィルサラーゼはやはりシューマン弾きなのだと再認識した次第。白日夢のように始まり、つねに揺れ動きながらさまざまに展開していく。とりわけ、付点をともなうパッセージが印象深く、哲学的な思索のあとを感じさせた。

シューマンの歌曲をリストが編曲した『献呈』では、シューマンがクララとの結婚式に贈ったという浮き立つようなメロディが自在なフィギュレーションにふちどられ、感動的なラストに至る。

ヴィルサラーゼの手は大きくがっちりしていて、とくに小指と親指が長く立派だ。バスは深く重々しく、ソプラノは人声のようによく伸びる。とりわけポリフォニックな部分でのタッチの弾きわけが独特で、いろいろなところから声が聞こえてくる感じがする。

アンコールは三曲。バッハ『ヴァイオリン・ソナタ第三番』をサン・サーンスが編曲した『アダージョ』はとろけるようなピアニッシモでしっとりと弾かれた。ショパンの『マズルカ嬰ト短調作品三十三−一』ははかなく寂しげに、『ワルツ変ト長調作品七十−一』は一転してきらめく音で明るくにぎやかに。

すべての虚飾を捨てて音楽三昧の境地に遊ぶピアニストの姿に、会場は深い感動に包まれた。

2015年9月16日 の記事一覧>>

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