【連載】「ヴィンテージ・ピアニストの魅力 第11回 ジョルジュ・プルーデルマッハー」(音遊人 2015年夏号)

この欄でも紹介したアルド・チッコリー二が九十歳を待たずして亡くなり、しばらく心の中にぽっかり穴があいた状態だったが、四月四日、大阪のザ・フェニックスホールでジョルジュ・プルーデルマッハーを聴いたら、また前途が明るく照らされたような気がした。

二〇一一年のソロ版『春の祭典』でセンセーションを巻き起こし、昨年もベートーヴェンのソナタ全曲演奏で、あろうことかアンコールに『ディアベリ変奏曲』(演奏時間五十分)を弾いて観客の度肝を抜いたというが、評判ばかりで実演に接したことはなかった。

フェニックスホールでのコンサートは、三月に開催された京都フランス音楽アカデミーの教授陣たちによる公演で、プルーデルマッハーは前半にソロでラヴェル『ソナチネ』、ドビュッシー『練習曲第二集』、後半にはショーソンの難曲中の難曲『ヴァイオリ一ン、ピアノ、弦楽四重奏一のための協奏曲』を弾くことになっていた。

冒頭のラヴェルを聴いて、ます音色に耳を奪われた。澄みきって明るい上声がくつきりと浮かびあがり、バスが心地よいバランスで支え、その間にさざ波のようなトレモロがすべりこんでくる。すべてがクリアなのに無機的にならす、豊かな響きに包まれている。

ラヴェルの弟子のジャック・フェブリエに師事した人だから、基本的に「ジュー・ペルレ(真珠のような奏法)」タイプだ。恣意的なくずし方はぜす、端正なスタイルで弾いているのに、ふとした”間”やリズムのゆらぎがたとえようもなく魅力的だ。盛り上げておいて頂上に行く寸前ですっと抜くあたり、まさにフランスのエスプリそのものだ。

プルーデルマッハーは、ベートーヴェンのソナタ全曲録音もおこなっているが、楽器に四本目のハーモニック・ペダルを取り付けて演奏したという。ベートーヴェンのペダル指示はとても長く、モダン楽器で普通に踏むと音が濁ってしまうのだが、四本目のペダルを薄く踏むとちょうどよいオープンペダル効果が得られるらしい。

フェニックスホールのピアノに四本目のペダルが取り付けてあったかどうかは不明だが、前半の最後に演奏されたドビュッシーの『練習曲第二集』でも、随所にペダリングの工夫を聴き取ることができた。

「装飾音のための」は本当にすばらしかった。ロココを模した装飾音は絹の手ざわりで、左手はおどけたようにポンと弾ませる。遊び心満載で、これぞフランス音楽!と思った。「連打音のための」は、鍵盤の跳ね返りが悪くやや苦労しているようだったが、躍動感は抜群で、体操の床運動のように、鋭い踏み切りから快速のタンブリングがくり出される。「対比音のための」は静かな中にも激しさを感じさせる演奏だった。つーんと遠くまで伝わる音、どうーんと沈みこむ音、悲しい音、優しい音、わざと残酷な音。すさまじい音響のレベルの弾きわけに鳥肌がたった。

プルーデルマッハーは知的なピアニストだが、決して冷たい音楽家ではない。「アルペッジョのための」の出だしは、よくのびる音でオペラのアリアのように歌われる。道化役を演じているようなジョコーソは思い切りくだけて楽しそう。場面転換が見事だ。

後半のショーソンは、会場全体を巻きこんで興奮のステージになった。弦楽四重奏とソロ・バイオリンを従えたプルーデルマッハーは、情熱的に歌い上げるソロを支え、さらに雄弁なフレージングで歌いつつ、大きな音楽で弦楽四重奏を包み、伴奏にまわるときは繊細なアルペッジョで心理のあやを描き出す。指揮者とソリストと室内楽奏者と伴奏者の四役を演じわける力業には脱帽するほかない。

世界には、まだまだ光り輝くヴィンテージ・ピアニストがめじろおしなのである。

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