【連載】「青柳いづみこの指先でおしゃべり 第3回 パガニーニには殺人事件がお似合い?」(ぶらあぼ 2014年12月号)

Les doigts bavardent

パガニーニには殺人事件がお似合い?

2014年秋、日本が誇るヴァイオリンの名手・小林美恵さんに、ちょうど100年前にドビュッシー自身がハンガリー系アメリカ人のヴァイオリニストと共演したコンサートのプログラムを弾いていただいた。ヴァイオリニストの名前はアーサー・ハルトマン。彼がドビュッシーのピアノで弾いたのは、グリーグの珍しいソナタ第2番や、「亜麻色の髪の乙女」「ミンストレル」などピアノ曲の編曲版。

さて、アンコールは? 私が小林さんにお願いしたのは、ハイフェッツが編曲した「ヴィノの門」。やはりドビュッシーが1914年に演奏したピアノのための前奏曲だ。

楽譜を見た小林さんが、「あら、G線を一音下げるのね!」と叫んだ。ヴァイオリンにはE線、A線、D線、G線の4本の弦があり、ト音より下の音は出すことができないが、そのひとつ下のへ音が書かれている。

「パガニーニの『モーゼ幻想曲』みたいですね!」と私も叫んだ。ヴァイオリンの鬼神パガニーニが書いた難曲中の難曲で、G線の調弦を変え、しかもその弦一本だけで演奏するように指示されている。弾くのが一番遠いG線なので左手をぐいっとねじまげなければならない上に、調弦のおかげで楽譜とは違う音がするから、耳も頭も身体もクラクラするらしい。なぜこの曲を私が知っているのかというと、少し前にポール・アダム『ヴァイオリン職人と天才演奏家の秘密』(青木悦子訳・東京創元社)という音楽ミステリーを読んだからだ。

ヴァイオリンのメッカ、クレモナで殺人事件が起き、パリから来た美術品のディーラーが遺体で発見された。ディーラーの財布には「モーゼ幻想曲」の楽譜の断片がはいっており、彼が宿泊していたホテルの金庫にはモーゼを彫刻した黄金の箱が預けられていた。

箱は文字を使った組み合わせ錠で封印されている。探偵役のヴァイオリン職人は、「モーゼ幻想曲」の楽譜と箱についていたモーゼの彫刻の符合に注目し、音符をアルファベットに読みかえて鍵をあけようとするが、うまくいかない。よく考えたら、G線の調弦が変えられているので、音符もそれに合わせて下げて読まなければならないのだった。

こうしてヴァイオリン職人は見事に暗号の解読に成功するが、せっかく開けた箱はからっぽだった…。

黄金の箱は、パガニーニが「モーゼ幻想曲」を捧げたある高貴なる女性から贈られたものだった。物語はここから、パガニーニの遺品をめぐる連続殺人事件に発展する。

現実に起きる事件も面白いのだが、パガニーニの恋愛事件と黄金の箱の中身をめぐる謎解きはそれ以上にスリリングで、わくわくすることうけあいである。

2014年11月28日 の記事一覧>>

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