【連載】「酒・ひと話 第1回」(読売新聞 日曜日版 2009年10月4日)

ヴェルディ風サブちゃん

いったいあの晩はどれだけ飲んだのだろう。
『音楽になったエドガー・アラン・ポー』というコンサートで、企画・制作から演奏までかかわった。
今年生誕200年を迎えるポーのテキストに想を得た音楽を演奏し、最後にフランス近代の大作曲家クロード・ドビュッシーのオペラ『アッシャー家の崩壊』をコンサート形式で上演する。日本初演から二十七年間再演されなかった、とても珍しい作品だ。

印象派の巨匠ドビュッシーとゴシック・ロマンのポーのとりあわせは奇異に思われるかもしれないが、実はドビュッシーは若いころから『アッシャー家の崩壊』の音楽化をもくろみ、オペラ化にあたっては自分で台本を書くなど大変な入れ込みようだった。

しかし、かんじんの作曲の筆はいっこうに進まず、十年間もかけながら音楽は三分の二ほどのところで途切れ、残された数々の断片が苦闘のあとを物語っている。

今回の舞台では、ドビュッシーの書いた台詞を活かし、音楽がついていない部分ではせりふを語ってもらうことにした。メロディを歌うのが本職の歌手には、なかなかきつい要求である。

五月から譜読みをはじめ、週に一度の稽古が終わったあとは宴会になる。歌手たちの、まぁよく飲むこと。あっという間にワインが空になり、二本めも空になり、ついでに日本酒の一升瓶も空になり。

コンサート当日の総練習ではちょっとしたハプニングがあった。主役のせりふが飛んでしまったのだ。正式なオペラならプロンプターをつけることもできるのだが、今回は略式で用意がない。それから開演までの三時間は、周囲が声をかけるのもはばかられるほどぴりぴりした雰囲気が漂っていたが、さすがプロで、本番は見事に語ってくれた。

満席の聴衆に拍手で迎えられ、銀座で総勢二十五名で打ち上げ。演奏がうまく行ったのでみんな上機嫌だ。次々に運ばれてくる生ビールを飲み干し、ワイン、焼酎をしたたかに飲んだあと、神楽坂
のカラオケバーに繰り出した。

ここでも歌手たちのエネルギーに驚嘆させられる。オペラを歌ったばかりなのに、曲目表をくり、歌謡曲や演歌のナンバーを歌いまくる。オペラ歌手だから、マイクなんかなくても朗々と響きわたる。

ヴェルディ風のサブちゃん、モーツァルト風の聖子ちゃんは、オペラと同じぐらいスリリングだった。

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