「いやはや語辞典 マルチ」(読売新聞 2011年7月8日夕刊)

ピアノを弾きながら本を書いているというので、ときどき「マルチ・ピアニスト」と呼ばれる。いやですね、この言葉。「マルチ・タレント」「マルチ商法」・・・。ひとつでは立てないから仕方なくいろいろ手を出しているといった安ーい雰囲気が漂っているじゃありませんか。

たとえばレオナルド・ダ・ヴィンチを「マルチ画家」って呼びますか? 社会の扱いがそうだから、しばしば両方やっていることが裏目に出る。たとえばある文化団体で講演を頼まれたとする。ピアニストだから、ついでにピアノも弾いてくださいと言われる。でも、講演料の上乗せはない。音楽脳と言語脳の切り換えこそが私のウリなのに!しかも、同じ団体でコンサート枠があると、その予算は倍とか3倍だったりするのだ。弾いてしゃべることができる私は3・5倍ぐらいいただいてもよいと思うのだが・・・。

取材のときも損をする。同時に本とCDを出すと、両方を扱う欄がないので、どちらかでインタビューを受ける。音楽家だから音楽枠になることが多い。音楽欄はそもそもスペースが少ないから小さな扱いになってしまう。これでは、マルチどころか2分割、3分割。ディヴァイデド・ピアニストである。

なぜ弾いて書くか。言葉ではあらわせないことがあるし、逆に言葉でなければあらわせないことがある。曰く言い難い音楽の神秘を言語翻訳化して広く知らしめたい。同時に、音楽言語の限界も見極めたい。 

そんな分不相応な意気込みも、「マルチ」という言葉で吹き飛んでしまう。
おそるべし、「マルチ」。

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