【連載】「音楽という言葉—一音一音が人生そのもの」(神戸新聞 2012年6月30日)

高校はどちらですか? ときかれ、ゲイ高と答えるとはっとした顔をされる。ゲイの学校? いえいえ、東京芸術大学音楽学部音楽高等学校。日本で唯一の国立の音楽高校(クラシックと邦楽)である。おそらく日本最小の高校のひとつだろう。私が通ったころは、全校生徒120人。1学年1クラスで、内訳はピアノ10人、ヴァイオリン10人、低弦と作曲で10人、管打で10人…。卒業生は国際的に活躍している人、内外のオーケストラで弾いている人などエリートぞろいだ。

ついさきごろ、母校のPTAの広報からインタビューを申し込まれた。スターを輩出している学舎だから、 なんで私? と思ったが、委員さんたちはどうやら私が書いた本の愛読者らしい。
「青柳さんが通っていたころはどんな学校でしたか?」「無法地帯!」「何が一番楽しかったですか?」「授業さぼってデートしたこと!」など型通りの質疑応答(?)のあと、「この高校で学んで何が一番良かったですか?」という質問には、「よい友達ができたことです」と答える。高校からセミプロのように活動する生徒もいるぐらい、業界にどっぷり漬かったわれわれは、いわば運命共同体。今も互いのコンサートを応援に行ったり、同じ音楽祭に出演して楽しく飲んだり。先日、ある団体の主催する音楽祭のプロデュースを任されて、適材適所で人選したら、はからずも芸高の先輩や後輩ばかりになってしまった。

出発点はエリートだが、必ずしも順風満帆な演奏人生ばかりではない。アメリカで指揮者と結婚し、幸せな家庭を築いたのに、ご主人が倒れてしまい、看病のかたわら弾きつづけている先輩。シングルマザーで、自身が何度も病に倒れながらそのつど蘇ってくる後輩。元芸高生はちょっとやそっとではくじけないんだなあと感心する。

なかでも感動を呼んだのは、日本有数のピアニストが弾くショパン「24の前奏曲」。ヨーロッパに拠点を置くその人は、大きな国際コンクールの審査員長に就任したばかり。多忙をきわめ、思うように練習時間がとれないはずだが、演奏はすばらしかった。「24の前奏曲」は、ショパンが結核に苦しんでいたころに書かれた。ほんの数分の曲想の中に、夭折の天才の想いが詰まっている。ときに抑えきれない激情にかられ、ときに沈鬱な気分に沈み、華やかなパリの社交界を連想させるメロディーにも憂愁の影がさしている。そのピアニストの演奏は、ショパンの想いを汲み取って自分に重ねあわせ、一音一音が人生そのものだった。ひとつひとつの表現が胸に迫ってきた。終わったあと、誰かが「ちょっと演歌みたいだったねえ」と囁いた。いいじゃない演歌で。日本人なんだもの。

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