【CD評】「浮遊するワルツ」レコード芸術 2004年1月号 評・濱田滋郎 那須田努

特選盤 浮遊するワルツ

濱田滋郎

”浮遊するワルツ”──あえて解ったような口を利くなら、そもそも王侯から庶民までが地に足をつけて踊っていたワルツが、非凡の音楽家たちの幻想のうちに舞い立ち、世紀から世紀へと魅惑の裳裾を引きながら漂った、そのことを言うのだろうか。ともかくも、青柳いづみこは当CDに、シューベルト(ドホナーニ編だが)、ショパン、リスト、ドビュッシー、サティ、ラヴェル(註、これは私が作曲家を年代順に書き出しただけで、曲の収録順序はこれと異なる。なお、たいへんよく考えられた並べかたがしてある)の手になるワルツばかりを集めて弾いている。

一聴して感じ入るのは、作曲家それぞれによって趣の異なるさまざまなワルツが、すべて本当にワルツらしく弾かれていることである。ワルツのリズムは一律ではなく種々の現れかたをするにせよ、ともかく単なる3拍子ではなく、言うならば、リズムという形をとって現れたひとつの文化にほかならない。ディスク全体を通じて、この”文化”が、なんと豊かで微妙極まる香りを放つことであろう。冒頭に置かれたショパンからして、この呼吸はまさしく絶妙の域にある。なんとも優美に、純情と粋とを並び立たせたショパン。高雅で皮肉なラヴェルも、とぼけたユーモアのサティも、見栄と絢爛のリスト(このピアニズムの鮮麗さ!)も、詩的な愁い顔のドビュッシーも。みな、ワルツの機微に触れている──。このピアニストの指のもとでは。

那須田 努

エッセイや評伝、新聞の書評委員をつとめ、最近では小説を発表するなど、多彩振りを発揮している青柳いづみこの久しぶりの新録音は、さまざまなワルツを集めたもの。このアルバムの特徴を一言でいえば、まさしくアルバム・タイトル通りの浮遊感ということになろうか。ショパンのワルツの伴奏も軽やかな旋律の歌い廻しも、重力の呪縛が感じられない。どの曲も強い磁場から解き放たれて、空間を浮遊する。そんな浮世離れしたところがあるのだが、同時にたしかな存在のリアリティもある。

さまざまなピアニストの手垢のついた、ショパンの《華麗なる大円舞曲》や《小犬》、嬰ハ短調作品64-2などの作品も、通俗的なところはまったくなく、オリジナリティに満ちている。前者は明るい華やかな音色と生き生きとした感興、大きなスケール感が、演奏に豪奢な輝きを与えている。《ワルツ》イ短調作品34-2のやわらかに揺れるワルツのリズムと歌い廻しが高雅な雰囲気を漂わせている。一気呵成に弾かれた《小犬》はスピリットに富み、嬰ハ短調のワルツや《告別》のリズムは仄かにウィーン風、旋律の洒脱な歌い廻しは、今は失われた、19世紀のサロンにおける蝋燭の揺らめきを想像させてくれる。そしてまた、ホ短調遺作の沸き上がる暗雲のような出だしが印象的だ。シューベルトはドホナーニの編曲だが、おそらくこのアルバムに素朴なシューベルトのオリジナルのダンスは似合わないだろう。ラヴェルやサティ、ドビュッシーは本領発揮である。《高雅にして感傷的なワルツ》は、華麗かつ重厚な味わい。そこここに漂う仄かな郷愁は、ラヴェルの抱いたであろう、時空を超えた旅への憧れを想起させる。まさしく円熟の芸風。

浮遊するワルツ
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