【関連記事】「浮遊するワルツ」ムジカノーヴァ 2003年11月号 インタビュー 文・真嶋雄大

ワルツの多様な味わいを体感してほしい

本誌連載「ピアニストは指先で考える」が好評の青柳いづみこがリサイタルを開く。
ピアニストのみならず、文筆家としても小説やルポを発表し、またピアニストとして初の朝日新聞書評委員をつとめるなど、その異彩を放つ活動は高く評価されているが、11月16日東京・浜離宮朝日ホールと29日大阪・フェニックスホールでの2公演。タイトルは『浮遊するワルツ』だ。

ワルツの二面性を表わすため 曲・作曲も対比して構成

「本能的に3拍子が好きなんです。しかもマズルカではなくてワルツ。マズルカみたいに民族的というか泥臭いのは合わなくてだめ。ワルツのルーツには、ゆったりしたレントラーという農民の踊りと、急速にくるくる廻るので目眩を起こしてしまうようなヴォルタという踊りがあって、こちらは男女がぴたっと抱き合って踊るから風紀上よろしくないと禁止されたこともあるけれど、そういう二面性というか、すごく素直で清純な踊りとちょっと妖しい官能的な踊り、そのどちらも味わってほしい」

構成も実に考えられていて興味深い。
「まずシューベルト、ラヴェル、サティは全部つながっています。ラヴェルの《高雅で感傷的なワルツ》はシューベルトの《高雅なワルツ》から採っていて、ラヴェルとシューベルトの頭のリズムはまるきり同じなんですね。実際にラヴェルはそこから採ったということを明言しているし、サティはラヴェルのさらにパロディ、だからそこは並んでいるんです。

ショパンとラヴェルというのは、ウィンナ・ワルツが大好きなラヴェルと、大嫌いなショパンで対比しています。ショパンがウィーンにいる頃はウィンナ・ワルツ全盛で、ランナー(ヨゼフ・ランナー、1801~43ヴァイオリン奏者でウィンナ・ワルツの作曲家として活躍。《夕星》《宮廷舞踏会》等のワルツを中心にレントラー、ポルカ等200曲以上を作曲した)やJ・シュトラウス(父)がもてはやされていました。けれどもショパンはウィーンでうまくいかなかったので、当時流行っていたワルツにすごと反感を抱いたんです。その頃すでに自作のワルツもいくつか書いていましたが、お父さんへの手紙に、自分のワルツは踊るためではない。もっとアーティスティックなものと記しています。反対にラヴェルはウィンナ・ワルツに憧れて《ラ・ヴァルス》を書いたし、《高雅で感傷的なワルツ》も憧憬がベースになっています。対立しているのです。

でもね、ショパンはウィンナ・ワルツが嫌いだって言っている割には、ウィンナ・ワルツの形式で書いているんです、特に第1番などは、一つのものがあって、またそれから違うものがどんどん繰り出されていくような、意外な面白さがすごくあります。そういう意味ではラヴェルの《高雅で感傷的なワルツ》もワルツの再現になっているし、大意では変わりないとは思います。もちろん音や響きは違いますが。

リストは、悪魔的なワルツ、ワルツのあぶない面を体現しています。そしてドビュッシーはデカダン的なワルツ。世紀末の本当にドロドロとした、果物が腐る一歩手前みたいな(笑)。《レントよりなお遅く》はドビュッシーが自分で書いていながら嫌いだと言っているし、《ロマンティックなワルツ》は若い頃の金稼ぎのために書いた曲。ドビュッシーとしてはあまり重要な作品ではないんだけど、それくらいしか残してくれてないんです」

サティの《嫌らしい気取り屋の3つの高雅なワルツ》にはナレーションも入る。サティ自身が楽譜に書き込んだテキストを、東京では元NHKアナウンサーでエッセイスト・作家の下重暁子が、そし大阪では国際日本文化センター教授の井上章一が朗読して彩りを添え、独特の世界を表出する。
今回は同時にCDもリリースされる。コンサートと同じ曲が収録されている、ファンにとっては垂涎モノ。

アンリ・バルダに触発され初心に返ったピアノへの思い

「実はピアノをやめていたのよ」出し抜けの発言に、一同仰天。
「本当なの。前回の『水の音楽』の時に、本とCDを同時に出したら、それがあまりに大変で、出版界とレコード業界のマーケティングや販売方法の違いもあってトラブルはたくさん出てくるし、実質的には全然タイアップにならなかったんです。加えて所属事務所が倒産して、引き受けて下さるところを捜したんですが、音楽関係の方は私の文筆活動をご存じないし、出版関係者は演奏活動を知らない。なかなか活動全般を理解していただけなかった。今まで自分なりの活動をしたいと思ってプログラムに凝ったり、プレスリリースを自分で書いたり、いろいろ工夫してきたんです。でも、2つの世界の壁にぶつかって、自分のありようがポジティヴに受け取られていないという気がして、何もかも嫌になっちゃって、もうピアノをやめようと。

たまたま書評委員会のお話をいただいたので引き受けたり、小説を書いたり、文筆に専念しようと思ったんです。自分で公演を企画するのもやめて、毎年開いていたリサイタルも去年は休み、小説を1本書きました。

でもね、書評委員になってみると、他の委員の方はその分野でのオーソリティ。私も本は出しているけれど、ホンモノの作家さんや学者さんから見るとピアニスト。では、ピアニストとして他の方々に匹敵するような仕事をしているかといえば、していない。そこでまた考え込んでしまった。自分の本分はやはり音楽だったとヒシヒシと感じていたところに、バルダに出会ったの」

アンリ・バルダ。エジプト生まれのピアニストである。パリ国立音楽院を首席で卒業、ヴァン・クライバーン国際コンクールのファイナリストとなり、ジュリアードでも研鑽を積み、現在は母校の教授を努めている。詳細は本誌今月2月号、青柳本人の寄稿『ヴェールを脱いだ“知られざる幻の巨匠”アンリ・バルダ』を参照されたい。

「彼のラヴェルとショパンのワルツがめちゃくちゃよかったの。まずリズムの柱がきちっと立っているから、ルバートしてもちゃんと戻ってくる。そしてリズムがすごく弾むんです。気持ちが良くて、しかもとてもロマンチックにきれいに歌うし、でもリズムははずさない。それが自分にぴったりしたんです。何より浮遊感がある。フランス語だと、“フロッタント”といってペダルを浮かすことをいうけれど、あとドビュッシーにも《音と香りは夕暮れの大気に漂う》(前奏曲集第1巻第4曲)に“フロッタント”の指定がある。だから『浮遊するワルツ』なんです」
結果、バルダに触発されたという。

「バルダは本当に不遇なんです。世界をまわっていてもおかしくないのに、演奏の依頼が少なく、ソロのCDもあまり出していない。私より百倍も千倍もうまいし、あらゆる音楽のことも知っているのに。その上本当に研究熱心で、めちゃくちゃ練習するの。どんな小さな本番でも、前には必死になってさらって。それを見て打たれて、自分もこんなことをしていられないなと」
それが契機で今はすごくピアノを弾くのが楽しいし、違った新鮮な気持ちで、ある意味初心に返ったみたいと目を輝かせる。

文筆家としての依頼も後を絶たない。現在も「ピアニスト論」を執筆するのを出版社が待っている。バルダ、ポリーニ、アルゲリッチ、ミケランジェリ、リヒテル等々。長い間ピアノを教えながら音楽を通して人間と向かい合ってきた。人間を観るストックはできてきたから、世界の名だたるピアニストを推し量って、「ピアニストの謎」みたいな感じにまとめたいというが、来年の秋頃には刊行の予定。さらにラモーのCD収録や、自作のショート・ショートとCDをドッキングする試みやら、オファーは目白押し。

この才媛から当分目が離せそうにない。

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