【書評】「どこまでがドビュッシー?」中央公論 2014年12月号 評・小池昌代(詩人)

言葉にならない言葉で伝える

指揮者というのは、言葉にならないものを言葉で伝えるのがとてもうまい。カルロス・クライパーとオーケストラの練習風景をドキュメンタリーで観たことがあるが、彼はオケの面々を、卓抜な「比喩」で捻らせ、笑わせ、そうすることで人心を掌握していた。

『齋藤秀雄講義録』(白水社)を読んだときも、同様の言語能力を氏に感じた。小澤征爾氏を始め多くの音楽家を育てた優れた教育者だったが、この本には指揮のテクニックなどは書かれていない。芸術や音楽の「臍(へそ)」、つまり原理を掴まえた大切な話が詰まっていて、一音楽ファンにも新鮮だ。ベートーヴェンの「スプリング・ソナタ」冒頭、「ティー リラララ リララララー」は器楽的でなく声楽的な歌い方だという。口三味線で一気に納得。確かにここ、鳥たちが歌っているようです。

音楽と言葉とを繋ぐ人といえば、現代では青柳いづみこを筆頭にあげたい。新刊書 『どこまでがドビュッシー?』には、「楽譜の向こう側」という副題がついている。音楽家は演奏前に譜面を読み込むが、楽諸の向こう側から、音楽が「来る」場合と「来ない」場合があるという。もっとも「来たもの」を忠実に弾いたところで、ドビュッシーのように演奏解釈を批判されることも。それが著者に音楽について「書く」動機を与えた。日本では、「印象主義」のイメージを持つドビュッシー、実は印象主義とは逆の、反自然、怪奇・幻想芸術と繋がっていたというから驚いた。今度聴くときには、ドビュッシーの悪魔性に耳を傾けてみたい。

「音楽は言葉がとだえたところから始まる」というのがドビュッシーの信条だったとか。本書を読み、音を聴く素地=脳内環境を、言葉によって予めほぐしておくのも、聴くことの自由を広げると思った。

どこまでがドビュッシー?
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