【書評】「グレン・グールド 未来のピアニスト」信濃毎日新聞 2011年9月18日 評・岡崎武志(書評家)

「指で考える」天才の魅力に迫る

グレン・グールド。来年没後30年を迎えるが、いまだに絶大な人気を誇るカナダのピアニストだ。著作や評伝を含め、出版された関連の本も山を成す。特異な演奏スタイル、31歳以降は演奏会を拒絶し、隠遁に近い生活を送るなど奇人ぶりもよく知られるところ。

そんなグールドの謎と魅力に迫ったのが本書だ。著者自身もドビュッシー弾きで知られる現役ピアニスト。しかも、『翼のはえた指 評伝安川加壽子』『ピアニストは指先で考える』など、精緻な論考がある。演奏家の身体的体験と能力を頭を通して文章化できるのが強みだ。本書にもそれはいかんなく発揮されている。

「グールドの演奏を聴いていると、本当に手が三本あるのではないかという錯覚にとらわれるのだ」と言う通り、若くしてその超絶技巧ぶりは「天才」の名をほしいままにした。しかし、「グールドがグールドになるためにいかに奮闘していたか、それが決して楽な道のりではなかった」と見極めたところに、本書の凄み、著者の卓越した批評眼があるのだ。

グールドと言えば、バッハ「ゴルトベルク変奏曲」をはじめ、スタティックでクールな演奏(そして弾きながら歌う)が特色だが、著者は若き日のステージ演奏の録音を入手し、後年は嫌ったはずのショパンを聴く。そこでは、スタッカートでなく「極上のレガート」で弾くロマンチックなグールドがいた。1956年に衝撃的なレコードデビューを果たす「ゴルトベルク」も、この選曲が他のピアニストと差別化を図るための作戦だったというのだ。驚くべき指摘と言っていいだろう。グールド・ファンの読者はこのとき、「指で考える」ビアニストと批評家の幸福な結合を喜ぶはずだ。

また、タイトルに「未来のピアニスト」とあることにも注意。最終章で、著者はグールドが今日、好き嫌いで評価されることを嫌う。演奏界、レコード界ともに、グールドの個性は受難と闘いながら生きた。むしろ21世紀のいま、「彼は、とても生きやすい」はずだと著者は考える。ようやく時代がグールドに追いついた。「いつの世もグールドは、未来のピアニストとして生きつづけるにちがいない」の末尾が、美しく力強い。

グレン・グールド 未来のピアニスト
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