【関連記事】「グレン・グールド 未来のピアニスト」ショパン 2012年1月号 文・原口啓太(編集部)

異色対談 青柳いづみこ×豊﨑由美 グールドを語る

グールドはクラシックのピアニストとして、ほとんど例外的に一般に知られた存在だ。 特に、文化一般に関心を特っている人間で、日常的にクラシックに親しんでいない人にも、 《ゴルトベルク変奏曲》始めいくつかの演奏は聴かれていて、さまざまな文化的考察の話題にのぼってくる。 今回は、歯に衣着せぬ書評家として大活躍中の豊﨑由美さんをお招きして、 2011年に『グレン・グールド未来のピアニスト』を上梓されたピアニストの青柳いづみこさんと、 グールドについて自由に語ってもらった。

■門外漢でもグールドは知っている

豊﨑 私はクラシックに関しては門外漢なのですが、本日はグレン・グールドについて、青柳さんにいろいろ教えていただくという立場で参りました。まず、グールドというのは、私のようにクラシヅクに詳しくない人間でもその名前を知っていて、かつデビュー盤の《ゴルトベルク変奏曲》を聴いたことがある。一般的にはホロヴィッツより知られているのではないでしょうか。

青柳 それはすごいことですよ。

豊﨑 それだけに、これまでたくさんの評伝や研究書が出版されていますが、ドビュッシーを専門としていらっしゃる青柳さんも、2011年、『グレン・グールド未来のピアニスト』という著作を出されました。まず、グールドを取り上げた理由から教えてください。

青柳 依頼が多かったということですね。最初は『ユリイカ』で1995年くらいかな。グールドって、クラシック専門じゃない一般の雑誌でも特集を組んでくれる。どの出版社にも、ひとりくらいグールド好きの編集者がいますね。私はあまりCDは聴かないのですけれど、執筆に際して頼むと音源を送ってきてくれる。中にはかなりレアな録音もあったりして、おもしろいなあと思った。

豊﨑 それでグールドに惹かれていったということですか。

青柳 惹かれたのとはちょっと違う。私は「あれ?」と思うと、それをとことん追い詰めてしまうようなところがあるので、自分の疑問を解くのが、本を書く作業になりました。

豊﨑 ということは、この著作の構想は相当さかのぼれるんですね。

青柳『ユリイカ』のグールド特集号に40枚くらい書いた時、その青土社の編集者に「ー冊書いてください」と言われました。さすがにまだその気はなくて、その後いろいろなところからオファーをいただきましたが一番粘り強かったのが筑摩書房でした。筑摩で企画が通ってからもずいぶん時間はかかりました。数年なんてものではありません。

豊﨑 時間がかかった理由は何ですか。

青柳 グールドにはコアなファンが多くて、一定のイメージが確立しています。私は違う匂いを嗅ぎつけていたのですが、悪い意味じゃなくてある種の偶像破壊をすることになるので慎重にもなりました。

豊﨑 信者がいますからね。脇を固める必要があったということですね。

青柳 あとがきに書きましたが、脇を締められる材料が手に入ったということです。ライブ演奏家時代の珍しい未発表録音を手に入れて聴くことができ、「これでいける」と思いました。

■デビュー盤《ゴルトベルク変奏曲》は当てるべくして当てた

豊﨑 私がグールドを聴いたのは1980年代に入ったくらいです。まずジャズピアノが好きになりまして、キース・ジャレットの『ザ・ケルン・コンサート』がいいなんて言っていたら、詳しい人にバカにされ、「グレン・グールドの方がもっとすごいぞ」と。それでデビュー盤の《ゴルトベルク》を聴きました。

青柳 ジャズからの流れって方は多いみたいですね。

豊﨑 あの《ゴルトベルク》のすごいところは、私のように他の演奏を聴いたことがない人間でも「何かとんでもないことが起きてる」って思えてしまうところです。

青柳 実際にあの演奏は神業なのですが、私たちのように演奏経験がなくても、神業だとわかるんですね。

豊﨑 そうなんです。だからこそのカリスマ化。青柳さんは著作で、そのデビュー盤が生んだアンドロイド的偶像イメージは違う、実はグールドは溢れるほどのロマンティシズムを持った芸術家であったと述べておられると思います。でも、あのデビュー盤に関しては「これで一世を風靡してやろう」という計算があったんじゃないでしょうか。

青柳 それはものすごい計算。エルビス・プレスリーはメジャーデビューがグールドとまったく同じ年、同じ月なんです。プレスリーはきっとレコード会社が仕掛けたと思うのですが、グールドの場合は選曲も編集も自分で仕切った。修業時代にいろいろな曲を弾いてきて、ぎりぎりまでレパートリーや表現を削ぎ落として、「これで勝負できる」と。そして勝負するなら大ヒットをと考えた。

豊﨑 で、まんまと当たったと。

青柳 彼は株でたいへんに儲けた人で、時流を見る能力にも長けていたと思います。

豊﨑「作為的だからグールドは嫌い」という人も多い。青柳さんは「作為だけの人間ではない」と述べていますが、どこでそれに気づかれたのですか。

青柳 グールドが生涯の最後に録音したピアノ曲、リヒャルト・シュトラウスのピアノソナタ。あの曲にはベートーヴェンの交響曲《運命》のモチーフが使われているんです。私が当時抱いていたグールドのイメージだと、デジタルのアラームみたいにピッピッピッと弾いているんだろうなと思った。ところが全然違って、みごとにカーブを描いたフレージングで弾かれていた。「えっ!?」と思って、グールドが録音した《運命》モチーフのある曲をすべて聴いてみたんです。そしたら全部まとも。たとえば、すごくへんてこに弾いている《熱情》ソナタでも、《運命》モチーフはまともに弾いていて、「ああ」と思った。それが最初です。

豊﨑 その時、新しいグールド評を提示できると思われた。

青柳 従来のグールド像を否定するのではなくて、もう少し拡がりをもって見ようよということです。

豊﨑 グールドを神さまのように扱って、禁欲的な求道者のように見るのは間違いで、天才であればこそ多角的に扱う必要があると私も思います。最近日本で公隣された映画『グレン・グールド天才ピアニストの愛と孤独』(配給アップリンク、公開中)では、グールドの女性関係が明らかにされていますが、そういう”人間”を見る作業も必要だと思いました。

青柳 そういう作業が今始まったところじゃないかしら。

■もしグールドが現代に生きていたら

豊﨑 グールドがもし今の時代に生きていたら、ネットの中でかなり自在に活動したのではないかと思うんです。

青柳 ちょっと生まれるのが早過ぎたんでしょうね。

豊﨑 青柳さんが著作に”未来のピアニスト”と付けられたのに、とても納得しています。

青柳 さまざまなことを先取りしているし、今の時代に生きていたら、さらに先取りすることをやったのではないかしら。今では電子音響音楽でいろいろなことができるし、グールドが生きた時代のように「前衛でなければ現代音楽じゃない」なんて風潮ももうないから、作曲もまた始めただろうと思います。

豊﨑 ブログも、ユーチューブも、かなり活用したと思います。ピーター・グリーナウェイという映画監督が、15年くらい前ですが、「もしデジタルでリアルな人間が作れたら、俳優なんか使わない」って言ったんですが、私にはその考えがグールドのやったことと、重なるように感じました。グールドももっとデジタルが発達していたら、自分で全部やってしまったんじゃないかなあ。

青柳 そうでしょう。全部自分でコントロールしたかった。録音現場でも、ほとんど他人の意見は聞かなかったようです。

豊﨑 どんなものができたか興味あります。独断が過ぎたものになってしまうかも知れないけど。

青柳 残された録音にも、充分過ぎたものがありますけどね(笑)。

■おすすめの本と録音

豊﨑 青柳さんは執筆にあたって、これまでに刊行されたたくさんのグールドに関する著作をお読みになって、巻末に参考文献として掲載していらっしゃいます。青柳さんご自身の本は別として、グールドをさらに知るために、おすすめする書籍はありますか。

青柳 ピーター・オストウォルド氏の書いた『グレン・グールド伝―天才の悲劇とエクスタシー』(宮澤淳一訳、筑摩書房、2000年)ですね。グールドは薬を多用したり精神的に不安定でした。オストウォルドは彼の主治医ではなかったですが、精神科医でアマチュアのヴァイオリニスト。グールドと室内楽も楽しんだ人ですから、精神分析と音楽の両面から、かなり突っ込んだ内容なのでおもしろいですよ。

豊﨑 それにしてもたくさんの著作がありますね。

青柳 グールド本は必ずある一定部の数が売れるようです。あと、雑誌ではペヨトル工房のWAVE編(第16号、1987年/第37号[改訂版]、1993年)のものが、切りロがとてもいい。朝比奈隆さんの貴重な『グールドの思い出』も入ってます。

豊﨑 それでは録音の中で、青柳さんがすすめるものはどれでしょう。

青柳 オーソドックスなグールドが聴きたいなら、カラヤンとのべートーヴェンの協奏曲第3番(SICC-908)ですね。1957年、グールドの演奏家時代の頂点だと思います。『ザルツブルク・リサイタル 1959』(SICC-1271)もいいです。《ゴルトベルク》はスタジオ録音盤のほうが完成度が高いですが、モーツァルトのソナタはすばらしい。

豊﨑 私は若い時は、デビュー盤が好きだったのですが、今は最後の《ゴルトベルク変奏曲》(SICC-1018)が好きです。それとブラームスの『間奏曲集』(SICC-1025)も。

青柳 2枚目の《ゴルトベルク》は立派な演奏ですね。ブラームスは瞑想的でとてもロマンティックです。いかにもグールドらしい変わった演奏が聴きたいなら、モーツァルトのトルコ行進曲付きの第11番K331(SICC-20056)でしょう。LP時代に買った人が、レコードの回転数を間違えたかと思ったそうですから(笑)。

グレン・グールド 未来のピアニスト
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